墓場まで持っていきたい思い
というものである。
「一体何が一番大切なことなのか?」
ということを分かっておらず、結果として、自分のことしか考えていないということになるのだろう。
そういう意味では、お金を相当分払っている、顧問弁護士などは、会社のために、汚れ役を引き受けるだろう。ただ、中にはここにいた弁護士のような、一風変わった男もいたというのは、どこまで安心できるか、分かったものではないということである。
署内で持って行った道具を科学班にセットしてもらい、とりあえず待機するしかないのだが、なかなか犯人からの連絡はなかった。昨日連絡してきたのだから、今日中にはあるだろうと思って、待機していたが、この日には、連絡が入ることはなかったのだ。
社長が誘拐されたことで、会社の方はさぞパニックになっていることだろうと思っていたが、
「会社の方は、とりあえず、副社長と専務が仕切っているので、何とか持っています」
という話だったので、そのあたりの危機管理も会社としては、しっかりしていたのだろう。
ただ、奥さんの方は精神的にかなりきついようで、元々、精神的に弱いところがあるようで、それが身体にきたのか、少し寝込んでいるようだった。何と言っても、最初に電話に出たのが奥さんだったようで、その時のショックはかなりのものだったという。それを考えると、寝込んでしまったのも無理もないということか、特に最近では、躁鬱症の気があって、神経内科に通っているということだった。
社長との間に、子供は一人いて、今はまだ中学生だという。子供としても、親のことが心配なのかと思いきや、実は今家出中だとかで、行方は分かっているのだが、今のところ、好きなようにさせているという。
会長がいうには、
「息子も、高校時代には家出をしたことがあったんですが、居場所も分かっていたので、好きなようにさせていたんです。大学受験に成功すると帰ってきたので、孫も同じようなことだと思っています。今回のこの事件のことは、孫は知りません。だから、その知らない間に、何とか息子を助け出してやりたいんです」
ということだった。
「そうですか。その選択は間違っていないかも知れないですね。いたずらにお孫さんを刺激するのはまずいと思いますし、皆さんとしても、知っている人がなるべく少ない方が、犯人を刺激しないということなんでしょうね」
と刑事がいうと、
「ええ、そうだと思います。孫も、別に家出をしたからと言って、悪い道に走っているというわけでもなく、息子もそうでしたが、家族から離れて、自立の第一歩なのだろうと思っているんですよ」
というのだ。
「分かりました。被害者の奥さんのことも、お孫さんのことも心配でしょうが、今は息子さんが、無事に帰ってくることができるように、我々に協力ください」
と福岡刑事は言った。
「協力と言っても、私には何もできませんよ?」
というと、
「今のところ、犯人から、具体的な要求がないので何とも言えませんが、誘拐ということは、身代金の要求があるかも知れません。これが、警察内での公開捜査であれば、警察側でお金の用意もできるんですが、今回のように、極秘で、しかも、一部の人間しか知らないとなると、身代金の用意はできません」
と警察の事情を話した。
「ええ、もちろん、分かっています。こちらから、極秘でというのはお願いもしていますので、そのあたりは分かっています。こちらも弁護士に相談しながら、できるだけのことはしていくつもりです。身代金にしても、少々の金額であれば、用意することはできます。だから、後は、いかに、息子を助け出すかということだと思っております」
というので、
「そうですよね。とりあえずは、犯人グループからの連絡待ちになりますね」
と福岡刑事は話すと、その会話はそこで終わってしまった。
いつ連絡があるか分からない状態で、この緊張感というのは、刑事でも結構きついのにm年齢もすでに70歳を過ぎていて、会長職を務めるだけでも、結構な神経を使うのだろうと思っているので、この息の詰まるような極限状態は、なかなかきついものだ。
二階で休んでいる奥さんも、医者が来てから、鎮静剤を注射したりして、抑えているが、当初はかなりきつかったようだ。
それでも、早朝の警察への電話も、かなり身体を無理させていたようで、警察も電話を掛けてきた奥さんの話をもう一度聞きたかったのだが、まさか、倒れて、ほぼ危篤状態になっているなど思ってもみなかったので、
「奥さんの方には、当分、面会はできないでしょうね」
と弁護士がいうので、そこは断念するしかなかった。
とりあえず、警察としては、誘拐された社長の父親である会長と、緊急時にすべてを仕切っている、ここの顧問弁護士に話を聞くしかなかった。
ここの顧問弁護士は、基本は会社に雇われているのだが、そもそも、同族会社なので、家族のことも、トラブルがあれば、解決してきた。名前を犬山慶一郎といい、2代目なのだという。
2代目というのは、この清川家の顧問弁護士になってからの2代目ということであった。犬山慶一郎の父親の犬山慶次という弁護士は、平成の時代の、昭和の泥臭さと違い、人間性の薄れてきた時代を、法律の網を抜けるような手法にて、何とか切り抜けてきた、法曹界でも有名な弁護士だった。
人によってうわさの内容が違ってくるのは、
「相手によって、その態度を変えることで、世渡りしてきた」
という証拠であろう。
逆に言えば、それくらいのことができなければ、平成の世を渡ってこれなかったということであろうか。
平成の時代というと、犯罪も多様化してきた。
昭和最後の事件としての、老人を狙った、あの詐欺事件といい、複数の食品メーカーを狙った事件といい、平成に入ってから、その極悪非道さが、次第に人の感覚をマヒさせたかのように、
「こんなひどい事件、見たことがない」
と、昭和の頃では言われていたようなことが、平成になると、平気で起こるようになってくるのだ。
社会問題もいろいろ変格してきた。
学校では、いじめ問題が増えてきて、不登校になり、そのまま引きこもりになるという例が増えてくると、それが、いつの間にか、当たり前のようになってくる。
引きこもってゲームばかりをしているので、それが当たり前になってくると、事件も次第に様変わりしてくるのだ。
パソコンが普及し、インターネットが当たり前になってくると、いろいろな詐欺事件が増えてくる。
送られてきたメールを開くと、コンピュータウイルスに感染し、情報を抜き取られたり、電話で不特定多数にかけまくって、そこで、ネットを利用したことで発生した利用料を振り込まなければ、罪になると脅して、振り込ませるなどの手口が増えてきた。
昭和のような、特定の人をターゲットにするわけではなく、とにかく、
「下手な鉄砲数打てば当たる」
とばかりに、手当たり次第に電話して、反応した連中をまたターゲットにするというような詐欺であった。
手口が分かってくると、今度はまた別の詐欺が流行ってくる。そのうちに、今度は、昭和最後の詐欺事件との重ね技のような事件も起こってくる。
いわゆる、
「オレオレ詐欺」
作品名:墓場まで持っていきたい思い 作家名:森本晃次