墓場まで持っていきたい思い
「ええ、そうですね、まだ40歳になるかならないかというくらいの若造ですからね。自分一人で、そんな被害者たちをまとめていくだけの力も知識もありません。会社の顧問弁護士が優秀で、裏からいろいろ手助けしてくれていました。ただ、そこには、その弁護士の思惑もあったようで、被害者の会の発足を促した人物は、どうやらその弁護士が裏で糸を引いていたようなんです。でも、顧問弁護士とはいえ、そんな簡単に人を集められるわけもないでしょうね。ここからは私の想像なんですが、先代がそこに絡んでいたと思うんです。最初の言い出しっぺが弁護士からなのか、それとも先代からだったのかははっきりとわかりかねる部分はありますが、ただ、この二人が手を握って、作戦を考えていたとすれば、それはかなり強力だったと思います。だからこそ、被害者の会では、何とか、裁判を起こしても、被害者たちにとって、悪いようには決してなっていなかったですからね」
というではないか。
「そういうことだったんですね。先代がそれだけしっかりしていたということなんでしょうが、やはり会社の創始者というだけのことはありますね」
と福岡刑事は言った。
「ただ、被害者の会と言っても、結構いろいろな人がいましたからね。被害を受けた本人だけではなく、被害者が身動きが取れなくなってしまって、家族の方、息子さんが出てくることもありました。この場合、本当をいえば、息子がもっとしっかりしていれば、被害者が、詐欺にあうこともなかったんですよ。それなのに、被害者の会が立ち上がったのをいいことに、ここぞとばかりに出てきて、いかにも被害者面する連中もいたんですよね。さすがに弁護士も私も、そんな連中の浅はかな考えはすぐに分かり、本当は除名したいところなんですが、どうしても、除名まではいかない。しかたなく、そんな連中にはなるべく、有利にならないようにしようと画策はしましたね」
と会長は言った。
「それでうまく行ったんですか?」
と刑事が聞くと、
「ええ、まあ、そのあたりは案外と簡単だったですよ。それだけ弁護士の先生が優秀だったとも言えるのでしょうが、本人たちにも自分たちが少し他の人に比べて、あまり得をしていないという感覚になっていないとは感じさせないように、うまくやってました。本当に敏腕な弁護士さんだったんですね」
と会長は言った。
「なるほど、でも、まさかその時の人がいまさら何かを企んだりはしないと思いますけどね」
と刑事がいうと、
「それはそうでしょう。でもですね。その後しばらくして、その時に少し不利な条件で落ち着いた息子さんに当たる人が、少ししてうちの会社を脅迫してきたんです。どうやら、どこからか、情報が漏れたかのようだったので、最初は、優秀な顧問弁護士に探らせたんですが、どうも、よく分からないということだったんです。そこで、今度は私が個人的に影で、探偵を雇って、密かに探らせると、何と、顧問弁護士が裏で画策をしていたようだったんですよ。弁護士は、先代が目を掛けてやっていたんですが、私の代になって、不安になったか、それとも私に恨みのようなものでもあったんでしょうかね、完全な裏切り行為に私は彼をクビにしました。すると、他の会社ですでにちゃっかりと顧問弁護士になっていて、ビックリしました。ひょっとすると、それもやつの計算づくで、顧問弁護士についた会社と、密約か何かがあったのかも知れないと思っています」
というではないか。
「そうなんですね」
と刑事がいうと、
「はい、今度の事件とは関係がないかも知れないですが、弁護士というのは、こちらの見方であるはずなんでしょうが、裏切りに走ると、実に厄介なものです。一応、弁護士というのは、社会通念上の違反さえ犯さなければ、つまり法律違反ですね? 後は、依頼人の権利を守ることがすべてに対して優先されるんですよ。その依頼人が、実は表に出ている依頼人と違っていれば、卑怯に見える態度も、正しい行動だということになってしまうんですよね」
と、会長は言った。
「今の弁護士さんは、どうなんですか?」
と聞かれた会長は、
「そうですね、昔の経験があるので、誠実な、というか、この会社にふさわしい人を私が選んだつもりなんです。ちゃんとしっかりやってくれていますよ、私が社長時代には、すべてをキチンとまとめてくれましたからね、彼の場合は、何かが起こってから対処することよりも、災いを未然に防ぐというところがしっかりしているようで、そのあたりが頼りになる人なんですよ」
という。
「確かにそうですよね。未然に防ぐというのが一番です」
と、少し苦笑しながら福岡刑事がいうと、それを察してか、社長もニンマリと含み笑いを浮かべて、
「ええ、そうですね。特に刑事さんたちは、その言葉を身に染みて感じるんじゃないですか?」
と言われ、福岡刑事は、
「痛いところを突かれた」
と感じた。
何と言っても、警察というところは、
「事件が起こってからでないと、自分たちは動けない」
という足枷を身に染みて分かっているからだった。
特に今のようなストーカー事件であったり、DVであったりするものは、よほどの証拠がないと動けない。それこそ、被害者が殺されたりしない限り動けないのだ。
ストーカーにしても、DVにしても、犯人はうまく隠してしまう。被害届を出しても、ストーカーであれば、
「あなたの家や通勤路を少し重点的にパトロールするようにします」
であったり、
「もし、危険な目に遭いそうな時、ケイタイ電話からあなたの番号で連絡があった場合、電話に出なかったりすれば、危険性ありとして、最優先で対応するようにします」
というだけである。
「危険な目に遭いそうで、電話で警察に連絡を取るような場合は、もうそれでは遅いではないか? 警察が駆けつけてみれば、殺されていたというのでは、シャレにならない」
とは思うが、警察がそういうのであれば、どうしようもない。
被害者とすれば、勇気を振り絞って警察に相談に来ているのに、完全に身体から力が抜けることだろう。
一縷の望みが断たれてしまうということであろうか。
DVや、幼児虐待などでもそうである。子供が危ないというのを、他の保護者が察知して警察に通報しても、自治体から、人がやってきて、簡単な調査や聞き取りをしただけで、
「問題ない」
と判断されてしまうと、二度と誰も、助けの手を差し伸べることはないだろう。
「一度、係の人間が赴いて、話を聞いていて、怪しくないという報告を受けている」
と言えば、それ以上の詮索はできない。
そもそも、幼児虐待をしている親に対して、
「あなたは、子供を虐待していますか?」
と聞いて、
「はい、しています」
というやつがいるわけもない。
自治体の人間と言っても、家庭のプライバシーには入り込めないというジレンマを抱えているのか、それとも、お役所根性で、
「面倒なことには関わりたくない」
ということなのか、もし何かあって、問題になれば、最初に面接に行った人間が、非難を浴びて、ただでは済まないということを分かってのことなのだろうか?」
それを考えると、警察にしても、自治会にしても、完全に、
「お役所仕事」
作品名:墓場まで持っていきたい思い 作家名:森本晃次