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一足す一は?

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 しかし、これも、桜沢も性格を考えれば分かることで、それだけ、彼は好き嫌いが激しいということなのだ。
 そのことを理解していれば、先生も、もう少し桜沢の気持ちが分かるというもので、少なくとも、今の学校の先生のレベルでは、桜沢のような生徒がいるということを理解できている先生はいないのだろう。
 カリキュラムや、それ以外の問題で頭がいっぱいになっていて、しかも、まるで奴隷のごとく働かされて、よくこれで、
「病んだりしないよな」
 と思うようにならないかというものである。
 桜沢は、それほど、好きなものと嫌いなものの違いというものに対して、露骨なほどの思いを持っているということを、なかなか分かっている人は少ないことだろう。
 もちろん、それは数学に限ったことだけではない。他の科目でも同じことで、特に好きな科目の中では結構ハッキリしていたりする。
 特に、歴史などは、それが顕著に表れている。しかし、それはちょっと矛盾しているのではないかと思うのだが、その理由としては、
「歴史というものが、時系列で続いてきているからだ」
 という。当たり前のことからであった。
 確かに、歴史の中には無数の、
「転換期」
 なるものが存在していて、それが、いかに変化しているかということが分かってくる。
 だが、基本的には、時系列に矛盾なく続いてきたものが、歴史になるわけだ。
 歴史には時間を紡ぐことで、歴史という一つの世界を形成し、それ以外の他の世界をいくつも作っているという考えになることもある。
 それが、いわゆる、
「パラレルワールド」
 であり、その派生形といっていいものが、
「マルチバース理論」
 といえるのではないだろうか?
 歴史に、もし、や、だったらなどという言葉は禁物だと言われるが、最近の歴史番組であったり、歴史に関する著書には、それらの、
「もしも」
 などというキーワードで語られることが多くなった。
 さらには、歴史で言われていることが、実は間違っていたら?
 というような話も結構言われていたりする。
 例えば、悪人と言われている人が、実は善人だったりで、その人が暗殺されたりした人であれば、歴史認識が変わってくることになる。
「そんな過去のことをいまさらほじくり返したって」
 という人もいるかも知れないが、果たしてそうだろうか?
「歴史は、前にしか進まないものだから、ちゃんとした認識を持っていないと、今がどうしてあるのかということを見誤ると、今後の未来がおかしくなったまま進んでいくことになる」
 という人もいるだろう。
 しかし、これも考えようであるが、
「世の中がどうなろうが、知ったことではない」
 と思っている人だっているだろう。
 そんな人から見れば、そんな話はきれいごとでしかなく、
「何で、俺がそんなことに関わり合わなければいけないんだ?」
 ということになる。
 そもそも、
「そんなことを思っている人もいるだろう?」
 ではない。
「そんなことを思っている人間ばっかりではないか?」
 という方が当たっているような気がする。
 そんな人に対しては、皆きれいごとにしか見えない。そう考えると、ちょっとでもいいことをいう人に対して、偽善者的な目で見る人が究極多いように思うのは、当たり前のことではないだろうか?
 だから今の世の中は、結局、
「皆、自分のことしか考えていないんだ」
 といえるだろう。
 そもそも、
「自分のことを考えられない人間が、人のことをあれこれ言ったって、それは偽善なのか、理解もせずに、多数派意見に従っているというだけの最低な人間であり、今の世の中、政治家にそんな連中が多いというのも、実に皮肉なことではないか?」
 と思っていることだろう。
 政治家の連中は、ちゃんと歴史を勉強したのだろうか?
 歴史を勉強したうえで導き出された結論は、
「他の人などどうでもいいから、自分さえよければそれでいい」
 ということになったのかも知れない。
 確かに、歴史を勉強していると、そっちの方に結論を持っていきがちになるのは仕方がないことのように思える。
 その理由は、
「そう考える方が、楽だからである」
 といえるのではないだろうか?
 例えば、歴史の中で、古代の一番のクーデターとして有名な、乙巳の変というのがある、
 これは、ざっくりといえば、中大兄皇子と、中臣鎌足が、当時、朝廷の中で権勢をふるっていた蘇我氏の長であった、蘇我入鹿を殺害した事件のことである。
 歴史上、なかなかないと思えるようなクーデターであり、何と言っても、まず大きなこととして、その舞台が、
「飛鳥板葺宮」
 という、平安京の中の、天皇が配下のものと謁見するところでのことで、当然、天皇の目の前での殺害ということになる。
 さらに、大きなこととして、クーデターの張本人であり、最初に入鹿に切りかかったのが、中大兄皇子であり、これは、当時天皇であった、皇極女帝の実の息子である中大兄皇子が、母親である天皇の目の前で、逆賊を討ち取るという形のものだったのだ。
 だが、果たして、この事件は、中大兄皇子や中臣鎌足のいうように、
「蘇我入鹿は、今の政府の転覆を企んでいた」
 という言葉をそのまま信じていいのだろうか?
 昔から、
「政府転覆を目指した蘇我氏が、中央集権を目指す、中臣鎌足一派の制裁を受けた」
 というのが常識として、教育を受けてきたのではないだろうか?
 しかし、実際には、それが本当のことなのかどうか分からない。何と言っても、
「死人に口なし」
 ということで、死んでしまった蘇我入鹿しか知らないことは封印されて、クーデターを起こした連中がいう言葉しか歴史上では出てこないからである。
 そして、その後の歴史が正解だということになっていることで、蘇我入鹿が、罪悪人であったということで決まってしまったということだろう。
 これこそ、理不尽なことだと言えるだろう。
「勝てば官軍」
 という言葉、この事件からも言えることではないだろうか?

                 歴史と科学

 当時の政治情勢を考えてみれば、別の意味合いのことも見えてきていた。
 片方が滅ぼされたのであれば、勝利した側が正しいというのは、昔から言われてきていることであり、それが、いかに決まったこととして歴史につぐまれてくるのか、本当に、歴史は、答えを出してくれるというのか、今まで長年言われてきたことが、最近の研究は発掘から、まったく別の発想が出てくるもは、実に面白いことである。
 それこそ、今が、
「歴史の答えなのかも知れない」
 といえるが、本当にそうなのだろうか?
 怪しいところである。
 そんな中において、乙巳の変にいたるまでの歴史、いわゆる時代背景はというと、きっと厩戸皇子の時代までさかのぼることになるだろう。
 その時代において、厩戸皇子は、推古天皇の摂政となって、政治を見ていた。
 そもそも、推古天皇というのは、当時から権勢をふるっていた、蘇我氏最勢力の、蘇我馬子の時代だった。入鹿からすれば、おじいさんに当たる。
作品名:一足す一は? 作家名:森本晃次