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一足す一は?

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 むしろ、そういう人が複数いるようなグループには所属したくはない。相手が一人でないと、なかなかこちらが主導権を握るのは難しい。いわゆる、
「マウント」
 というやつであろう。
 子供の頃は、そんな言葉があったなどということを知る由もないので、相手がまわりに気を遣ってマウントを取るような相手であれば、こちらとしても、相手がしやすいと思っているようだった。
 ただ、梅林は、必死になってマウントを取りに行っていたような感じだった。小学生の頃までは、まったく人と会話をすることもなく、話しかけられても、自分から距離を置く感じだったのだ。
 まわりが彼に近づいてくると、自分から避けるという態度の方が、むしろ彼の性格からすれば、妥当な気がしていた。自分に自信がないくせに、マウントを取ろうとするのは、無謀といってもいいだろうに、なぜ、そんな態度を取ったのだろうか?
 それは、小学生の頃に、自分の隣の席の男の子がいじめに遭っていたからだった。その友達というもは、苛められている間、何も言えなかった。
 彼の思惑としてはどういうことなのか、梅林には分かっていた。
「やつは、苛められている時、下手に逆らうと、余計に苛められるということを分かっていたんだよね。だから、下手に抵抗して、余計な気を相手に回させると、
「何だ、こいつ。俺たちに逆らおうというのか?」
 という思いにさせてしまうと、
「もっと苛めてやれ」
 ということになってしまう。
 抵抗もせずに、相手に、苛めることが面白くないと思わせて、苛めることが、疲れを誘うかのようにしてしまえば、すぐに収まるだろうという程度で考えていたのだ。
 だから、下手に逆らわない。逆らってしまうと、抵抗したように思われて、相手に苛めることの楽しさを教えるようなものではないか。
 それを思うと、抵抗もせずに、黙ってやりすごすのが、一番いいと考えるようになったのだ。
 だが、そのうちに苛められなくなると、本人はホッとしたようだが、今度はやっと友達の輪の中に入れると思ったが、何もできなくなった。
 もっとも、苛めが行われていた中で、その他大勢というのは、
「見て見ぬふり」
 をしていたのだ。
 そんな状態において、誰も助けてくれないと思うと、見て見ぬふりをしている連中が、
「卑怯だ」
 と思うようになってきた。
 下手に庇いたてなどすれば、今度は、苛めの矛先が自分たちに向いてくる。
 そんな状態は、たまったものではない。
「苛めが行われているところで、何も言わずに中立を保っている人間が、実は一番汚いんだ」
 と言われていた。
 確かにそうであろう。
 ただ、これも難しいところで、苛めの矛先が自分に向いてくることを予見できるだけに、何もできないのだ。
 梅林というのは、苛められる理由がどこかにあるから苛められるのであるが、苛める方としては、何も相手が、梅林である必要はない。
 梅林に代わる人がいれば、それで別にかまわないのだ。
 だから、苛めっ子が、梅林に飽きてきているのだとすれば、下手に首を突っ込んで、その矛先が自分に向いてこないとも限らない。
 それを思うと、
「黙っている方がいいだろう」
 と思うのだった。
 相手が誰だっていいのであれば、自分である可能性だってあるわけだ。下手に目立ってしまうと、自分に向いた矛先をそらすのは、完全に無理だというものだ。
 いじめっ子たちの後ろに、ボスのような人がいたのだったが、梅林はそれを知らなかった。
 一年先輩の人なのだが、その人は、実は、もう苛めのような低俗なことはしたくないと思っていたのだ。
 一年先輩だったのだが、先に卒業して中学に入ると、自分たちが中学生になった頃には、もういなくなっていた。
 あくまでもウワサだったのだが、父親が、犯罪を犯して、この街に住めなくなり、そそくさと引っ越していったという。
 父親が犯罪を犯したのは、
「上の命令」
 だったのだという。
 上といっても、やくざの鉄砲玉で、その人のさらに下だったわけなので、本当に情けないと思われても仕方がないだろう。
 そこまで階層が深いのだから、さぞや大きな組織なのかと思いきや、実際にはそんなことはなかった。
 今時、昭和のようなことをしているのだから、しょせんは田舎の組織だといってもいいだろう。
 そのボスは親のことを憎んでいた。
「俺はあんな情けない下っ端になんかなりたくない」
 と思っていたのだろう。
 だが、小学生の苛め集団の中のボスのようなことをしていて。すぐに、面白くなくなってきたのだ。
 その時には、父親が、少しヤバイことに首を突っ込もうとしているのではないかということを予感していた。
 それが、いつの間にか分かってしまい、父親が、案の定、どうしようもなくなって、自分たちもこの街にいられなくなるという、
「組に対しての奉公が、家族やまわりの人を混乱に巻き込むことになるのだがら、父親の権威など、まったくないといってもいい」
 何よりも、街にいると、命が危ないとまで言われたほどだった。
 ほとんど、夜逃げ状態で、身を隠すようにどこかに消えたらしい。
 それは、実に鮮やかだったということなので、ひょっとすると、以前、ドラマなどにあったような、
「夜逃屋」
 などという、組織が存在しているのかも知れない。
 実に信憑性のないものだが、忽然と消えた以上、リアルさは本当なのではないだろうか?
 それを目の当たりにしたことで、
「あんなに、皆が恐れていたような人が、簡単に、夜逃げをしていなくなるのだから、すごいことだ」
 と感じた。
「苛めというものは、風邪のようなものではないだろうか?」
 と、梅林は感じた。
 自分が苛めの、被害者ではあるのだが、そのくせ、苛めがなくなってしまうと、やけにまわりが暗く見えてくるのだった。
 しかも、動きが極端に遅く感じられるのだ。
 かといって、そのスピードは自分の方が早い。まったく遅い、凍り付いたような世界の中で、自分だけが早いということは、どういうことなのだろう?
 きっとまわりは、自分たちのスピードが普通だと思っているはずなので、普通のスピードで動いている自分は、超高速に見えることだろう。
 下手をすると、早すぎて見えないかも知れない。
 そのせいもあって、見えているスピードがどのようなものか。感覚がマヒしてきてしまっている。
「そういえば、前、自分のそばを一気に何かが駆け抜けるような気配を感じたようなことがあったな」
 というのを思い出したのだ。
 その時に感じたのは、一閃の光だったような気がした。その時、こちらを見られた気配があったのだが、元々、その存在すら、気配でしか分からないのに、目が合うなど、ありえないことでもあった。
「相手は自分のスピードに合わせようとしているようだったが、あまりにも差がありすぎて、合わせることができない。相手が、こちらのスピードに合わせてしまうと、一気に奈落の底に落ちてしまいそうな気がした。彼らがこの世界で自分たちと同じ高さに入る時、彼らにとっては、まるで天にでもいるかのように、かなり上の方にいることになっているのではないか?」
 と、感じたのだ。
作品名:一足す一は? 作家名:森本晃次