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連鎖の結末

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 昔の事件の時は、どうやら、若い女性の色仕掛けというのもあったようだが、今の詐欺は、お金緒受け取りにアルバイト感覚でする連中を使ってみたりと、受け取りにいくのも、大学生だったりして、チンピラというわけでもない。詐欺だと分かっていても、金欲しさでやるのだから。何ともモラルなどあったものではない。
 とにかく、あの事件は、まず、
「疑うことを知らない、そして普段から、寂しいという孤独を感じていて、一番金を持っている一番弱いと思われていた人たちの、人情を狙った」
 という点で、実に悪質だった。
「あんなことをさせられていた、営業というのか、あの人たちに罪の意識はなかったのかしらね?」
 と一人がいうと、
「いやいや、会社の方針には逆らえなかったんじゃない? だから、社長に列挙として取材に行ったわけだし、その場での修羅場になったんじゃないのかしら?」
 と一人がいうと、
「でも、社長が雲隠れをしていて、居場所を誰かが見つけたから、一挙に押し寄せたのであって、雲隠れしていたということ自体が、怪しいわけだから、暴漢も襲うことになったんじゃないのかな?」
 と、さらにもう一人がいった。
 そのすべての話が正しいとは言えないかも知れないが、この三人の話を聞いていると、確かに見えてくるものもあった。
 営業がどのように考えていたかは、その人でないと分からないが、少なくとも、会社ぐるみの詐欺であり、社長が裏で糸を引いていたことに間違いない、そして、その社長は、
「殺されても、仕方のない人間だった」
 ということなのであろう。
 気の毒なのは。被害者たちである。
 なまじ貯えがあったことで、騙されて、信じていた相手に裏切られる形で、死んでいかなければならないわけだからである、
 加害者側からすれば、
「どうせ死んでいくんだから、財産を持っていたって、しょうがないじゃないか?」
 といいたいのかも知れないが、人情を踏みにじる行為は、人として許されることではなく、その話を聞いた人皆が、顔を歪めて、不快に感じることであろう。
 それを思うと、やったことが、どれほど社会に影響を与えるかということが見えてくるのだ。
 そういう意味で、完全に自分たちのことだけしか考えていないことの典型的な犯罪であった。
 犯罪というのは、元々、そういうものであるが、そんな中にも、
「相手を殺さないと、自分も殺されていた」
 などという、仕方もない犯罪などもあった。
 そういう場合は、かなり情状が酌量されるというもので、この場合、殺されることなく裁判が行われたとすれば、まず間違いなく、情状酌量の余地はないという判断に違いないだろう。
 そんな事件が起こったのを思い出していると、一つ、不思議に感じるのであった。
「SNSどころか、パソコンも携帯電話もない、今から思えば、原始時代のような、昭和末期に、よく、あれだけ、ターゲットを絞ることができたものだ」
 というものであった。
 一度に、何人にも、色仕掛けで女をあてがうようにして、荒稼ぎをしていたのだから、いくら、
「孤独な老人が多かった」
 とはいえ、詐欺が成功するような相手を、そんなに簡単にリサーチなどできないだろうと思われる。
 そこで考えたのが、
「探偵というよりも、スパイに近いくらいに情報通であり、しかも、諜報に長けた人が、結構いたのではないか?」
 という考えであり、そして、もう一つは、
「ここの営業のように、血も涙もない、感情を持っていないような人間を要請する」
 というようなところが存在していたとしても、無理もないということであった。
 つまりは、今であれば、産業スパイの養成所のようなものの存在が、リアルに考えられるが、
「当時もあったのではないか?」
 ということである。
 表に出てくることは少なかったが、水面下では、ずっと活動をしていて、
「彼らの活動なくして、今のこの世の発展はない」
 という意味で、彼らの存在は、ある意味、
「必要悪」
 として、陰で暗躍していたのではないか?
 と考えられるのではないだろうか?
 そんな陰で暗躍している団体が、今、表に出てこようとしている。普段は必要悪なのかも知れないが、それは、陰で暗躍している時、表に出てこようとしている時というのは、よほど、彼らが悪として君臨する世の中の前兆なのではないだろうか?

                 占い師の結論

 そんなこの時代によるスパイの暗躍が、時代を動かしているとした場合、少しずつ表に出てこようとしている、養成所の存在。
 ただ、普段であれば、
「必要悪」
 のはずなのに、本当の悪として君臨を余儀なくされるのか?
 そこが問題なのである。
 昭和の末期、あの頃も考えてみれば、暗黒の時代であった。
 複数の食品会社を狙った犯罪や、老人をターゲットにした犯罪など、社会問題を引き起こすようなものが多かった。
 そして今の時代は、数年引っかかってきた、パンデミックや、戦争による世界情勢の混沌などと、世界に広がった暗黒の時代。
 果たして、世界はどこに行こうというのか。日本一国が真剣に考えても仕方のないことではある。
 当然、他の国も、どうすればいいのかを必死に考えているだろうが、結果として、何かの結論が出ても、国家単位で、各々やっているだけであれば、何にもならないだろう。
 そういう意味では、無駄なことをしているといってもいいかも知れない。
 しかし、本当に無駄だといえるのだろうか?
 少なくとも、
「このままではいけない」
 という判断を各々で持っていなければ、結果として、
「国家の覚悟」
 になるわけもなく、
 世界的な危機を乗り越えることもできないだろう。
 ただ、一つ言えることは、今時点では、考え方が固まっていないということだ。
 パンデミックであっても、今まだ、完全に終息したわけではない。しかし、感染対策ばかりを言っていても、経済が疲弊し、国民一人一人の生活がリアルに脅かされているようでは、どうしようもないということである。
 経済を回し、以前の生活に早く戻ることを最優先に考えるのも、一つの考えではないだろうか?
 しかし、いまだ衰えることを知らない伝染病の猛威を甘く見てはいけないのも、当然のことである。
 だから、いかにそのバランスを取るかということが問題なのであって、それが一番難しいことである。
 伝染病が流行った時、どんなものなのか分からずに、悪戯に怯えていただけだというのもしょうがないところであろう。
 しかし、政府のように、
「明らかに、それはないだろう?」
 と思うことを、平気でやって、やはりそれなりの最悪の結果しか出すことができず、
「何度同じようなことを繰り返せばいいのか?」
 と、国民に思わせたことで、本来なら有事では、支持率が上がるはずで、他の国ではその証拠に、それまでどんどん下降気味だった国が一気に支持率を盛り返したところも多かった。
 しかし、日本だけである。これほどまったくの無作為、あるいは、行ったことが、ことごとく失敗したことで、一気に支持率を下げたのだった。
 特に間が悪いことに、日本はオリンピック招致の時期でもあった。
作品名:連鎖の結末 作家名:森本晃次