マイナスとマイナスの交わり
一つ考えられるとすれば、かつて、みゆきがつき合ったことがある男性の中に、三枝に似たタイプの人がいたからではないか?
ということであった。
そして、みゆきは、その男性のころを今でも毛嫌いしていて、自分の中のどこかが反応し、三枝をその時の男とシンクロさせる形になったのではないだろうか?
すぐには、誰だったのか、みゆきにも思い出せなかった。
それほど毛嫌いしていて、不覚にも好きになってしまったという自覚のある男だったのだろう。
その男は、最期には、ストーカーになってしまっていた。
何が、その男をストーカーにさせてしまったのかというところまでは分からない。ただ、その男もバカだったわけではない。ストーカー犯罪を犯せば、自分の人生も終わりになることくらいは分かっていたはずだ。
それなのに、ストーカー行為を繰り返し、本来であれば、警察が嫌いな、みゆきの足を、警察署に向かわせるほどのひどさだった。
マンションの部屋の前に食べ物や飲み物が置いてあったり、会社の帰りに後ろをつけられたり、などという一般的なストーキング行為が、最初は主流で、
「そのうちに、飽きて、そんなバカなことを辞めるだろう」
という意識もあったので、それ以上のことはなかったのだ
しかし、時間が経つにつれて、彼の感情が高ぶってきたのか、みゆきの反応がないことに業を煮やしたのか、ある意味、犯行はエスカレートしていった。
その内容は、露骨さを増し、
「何かの犯罪に抵触するのではないか?」
と思えるほどであった。
部屋の前には、食べ物ではなく、ゴミが散乱していたり、ノブに買い物袋がぶら下がっていて、その中身は完全な汚物であったりした。
さらには、真夜中の無言電話。会社に押しかけてくることもあった。
もうこうなると、交際を再開させることは不可能だと分かっているので、それまでは、あわやくばとでも思っていたのだろうが、エスカレートしてくる間に、
「みゆきを困らせる」
ということだけを目的にしているようだった。
そちらを目的にするのであれば、警察に捕まったとしても、それが、懲役の罪にでもならないくらいは、このまま黙っているよりも、自分自身の気持ちが、一件落着しないことはないという道を選んだのだ。
さすがにここまでくれば、みゆきは、警察に相談することになった。生活安全課の扉を開いた。一応の形式的な方法は取ってもらえることになり、その後、何とか男の追及を逃れることができたのだが、その時、警察から、ちょっとした注意を受けた。
警察もそんなにきつい口調ではなかったのだが、みゆきにとってはショックだった。これがトラウマとなったのだが、この時のこの男の態度がトラウマを作ったわけではなく、むしろ、警察の態度や、その時の言葉の露骨さにショックを受けたといってもいい。
みゆきは、大学時代、アルバイトで、キャバクラに勤めていたのだった。
殺そうとしている?
みゆきが働いていたキャバクラは、それほど大きなところではなかった。歓楽街の中でも、結構端の方にあり、小さい上に、立地条件の悪さから、人気店に比べれば、どうしても、見落とししていた。
収益もあまりよくなく、キャストの女の子にも、満足とは言い難い給料しか払うことができていなかった。
それでも、もっているのは、常連の客が多いからである。
彼らは、店が良心的な価格設定をしてくれていることで、他の店に2回通うことを思えば、ここに3回通うことができるからだ。
しかも、キャストのレベルは、値段の開きほど悪くはなかった。
当然、このような立地の悪さや、店内の狭さなどを考えて、これだけ良心的な値段にしてくれているのだから、キャストは最悪だと思うのは当然だろう。
しかし、実際には、明るい女の子が多かった。特に、女子大生などで、
「学校や親にバレたくない」
と思っている子にとっては、ちょうどいいお店だった。
客の質も、そんなに悪くはないし、彼らとて、しょせんは貧乏学生だったり、しがない単身赴任のサラリーマンだったりする。中には、既婚者もいたようだが、彼らとしても、プライベートの生活と隔絶したものを求めにきていたのだ。
賑やかなお店もいいのだが、どうも、雰囲気に圧倒されるというのか、あるいは、
「女の子が、誰にでも同じような態度を取っていると思うと……」
と思い、なかなか自分から行けなくなってしまう。
それを思うと、男性の方も、
「明るくて、いつもそばにいてくれるようなそんな癒しを求めているんだ」
という人が多かったりする。
そんな彼らには、この商売に染まっている、玄人の女の子は正直合わない。
「どこにでもいる女の子」
という雰囲気がありがたかった。
そういう意味では、女子大生のアルバイトというのは、じつにうってつけである。
彼女たちは、意外と結構いろいろ知っている。アルバイトとはいえ、男性客から教えてもらったことをちゃんとメモして、自分の教養に生かそうとする。
それらを、女子大生という、
「コミュ力の高さ」
を武器に、お客さんと接することが、いかにこの仕事でやりがいを見出せるかということが分かっているのだ。
そういう意味で、女子大生というのは、店にとってもありがたい。アルバイトとして、それほど高い給料を払う必要はないからだ。
下手にホステスのプロなどは、プライドの高い女性も多く、店の態度にちょっとでも不満を感じれば、本性を現して、店に凄みを見せるくらいのことをやってのける子は少なくない。
そんな女の子たちも、持ち前の明るさが、客にウケるのだ。
毎日、職場や学校で、虐げられ、大学生の場合は、女の子から相手にされないことで、せっかくの大学生活を暗黒の時間として、このまま黒歴史にしてしまいそうになるのを自覚しているのだった。
受験勉強を乗り越えて、
「大学に入ったら、彼女を作って、そしてバラ色の大学生活が自分を待っているんだ」
と感じていたのは、何だったのだろう?
「客と、キャストの一体化」
これがこの店の強みだった。
だから、お互いに気に入った相手であれば、別に恋愛関係になっても、問題ないということにしていた。
「恋人同士になれば、その男性は来なくなるが、他の客がついてくれる」
ということである。
「大学生活というのは、人間関係を養うものであるから、キャバクラのアルバイトというのも、同じ趣旨ではないのか?」
と考えると、女の子たちも、キャバクラでのアルバイトの敷居は、昔に比べれば、かなり低いものだったのだ。
そんなキャバクラの仕事は、みゆきにとって楽しいものだった。
大学にいるだけでは、絶対に経験できない人間関係。さらに、知識を得るということ。ちょっとした世間話から、普通の大学生で走ることのできない内容の話を聞けたりすると、何となく偉くなった気がした。
ホステスの中には、
「営業トークのために勉強する」
といっている人もいるが、
「勉強するために営業トークをする」
という考えもあるだろう。
人と話していると、自分でどんなことに興味があるのかが分かってくる。
「もっと知りたいな」
作品名:マイナスとマイナスの交わり 作家名:森本晃次