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秘密は墓場まで

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「なんて、大きな会社なんだ」
 と思ったが、ロビーに入ってみると、その思いは一変した。
 受付もなければ、ゲートもない。壁に、その階ごとの会社名が書かれていた。
「本来なら、そこは、同じ会社の部署が書かれているのではあるまいか?」
 と思っていたものだったはずが、一つのフロアに一つの会社とはどういうことか?
 フロアによっては、3つくらいの会社が入っているところもある。
「こういうのを、雑居ビルというんだ」
 と、以前から雑居ビルという言葉は聞いたことがあったが、実際に入ったのは初めてだった。
 実際にはそこには、それぞれの会社の、
「大人の事情が隠されているのではないか?」
 と思った。
 だが、その大人の事情とは何なのか、人に大っぴらに言えないような、自分たちだけの事情を、他の会社でも共有するようなイメージを、
「大人の都合」
 というのではないかと感じるのであった。
 まだ、思春期のつぐみには、そんなことまで分からない。その意味もあるのか、
「なるほど、お父さんが、会社には来るなと言ったのは、そういう大人の事情を知られたくないからだったのかな? もしそれだったら、バレた以上、もう会社に来るななどという、ひどい言い回しのことは言わないだろう」
 と感じたのだ。
 意地を張っても、張り続けられるものに、大人の事情が関わっているとは思えないと感じたからだ。
 やっと着いた会社で、父親の会社に行ってみると、そこは、実に寂しい事務所だった。ちょうど父親はいなくて、聞いてみると、会議中だという。しばらく待っていたが、トイレに行きたくなって席を立ち、ビルの中にあるトイレに入った。
 このビルはさすがに雑居ビルというだけあって、トイレもワンフロア共有だ。それ以上にビックリしたのは、給湯室まで共有だったのだ。
 ちょうど、水が流れる音がして、
「給湯室に誰かいるんだ」
 と思って、横目でそこを見ながら通り過ぎるつもりだったが、そうもいかなかった。
 本当は急いで通り過ぎないといけないレベルなのに、それができなかったのは、目の前にいるのが、父親だったからだ。
「お父さん」
 と、声にならない声を発した気がした。
 自分では声が漏れている感覚だったのだが、その声は完全に耳の奥で籠っていた。
「これだけ籠っているのだから、まったくまわりに漏れていないことは明白だといってもいいだろう」
 と思うのだった。
 女性は恐怖が、怯えに変わったようで、父親の形相は鬼の形相そのものだった。
「見られてしまった」
 というよりも、まるで苦虫を噛み潰したような表情は何を意味しているのだろう。
 きっと、もし、それが声になって漏れているとすれば、
「しまった」
 といっているに違いない。
 女性の方は、恐怖から怯えに変わっているのだから、最初の一瞬が、最高潮で、後は徐々に興奮が冷めているような気がした。
 意外と女性というのは、そういうもので、一瞬の恐怖は、一番最悪のことを考えているから起こるのであって、少しでも冷めてくると、後は時間の問題だったりすることが、往々にしてあるもののようだ。
 しかし、男性の場合は、実は鈍感なために、女性が冷めてきている間でも、まだ、事の重大さに気づかないのだろう。
 いや、気づいていないというよりも、
「認めたくない」
 という思いが強いのかも知れない。
 その思いがあるからこそ、それ以上を強く言えない。苦虫を噛み潰したような表情は、
「タイムマシンがあれば、数分前に戻りたい」
 というくらいの気持ちで、自分の保身のために、すべてを時間のせいにして、自分が悪くはないと言いたいのだろう。
 しかし、その発想は逆に、この状況を、誰よりも自分が善悪に結びつけているということで、それが、自分を悪だと認めていることに他ならないのだ。
 そんなことを考えていると、
「このまま、お父さんとは気まずくなってしまうのだろうか?」
 と考えた。
 問題はその時、父親が給湯室でその女性と何をしていたかということであるが、イチャイチャしていたようにも見えなかった。
 女性は困っているかのように見え、その証拠に、彼女は怯えが落ち付いてくると、その場から、ダッシュで走り去ったのだ。
 それは、つぐみに見られたことへの羞恥というよりも、とにかく、その場から離れたいという思いが強かったのだろう。何しろ相手が会社の人ならともかく、見たこともない、まだ子供だったからなのに、一体何に怯えたというのか。
「ひょっとすると、怯えていたのは、私に対してではなく、お父さんに対してだったのだろうか?」
 と感じた。
 父親の顔を最初に見た時も、楽しそうな顔ではなく、切羽詰まったような真面目な可青をしていた。真面目な顔というと語弊があるかも知れないが、真面目というのは、
「笑っているわけではない」
 というだけの意味の真面目さであった。
「一体、お父さんは、どんな心境だったのだろう?」
 ということを考えてみると、
「そういえば、お父さんの顔ってどんなだったんだろう?」
 と、目の前にいるのに、その顔を父親だと認めたくないという感情が漲ってきたのだった。

                 父と母

 まさか、その時の女性が、父親の不倫相手だとは思ってもみなかった。父親にケイタイを届けに来ただけなのに、まさかこんな場面を見せられることになるなど、想像もしていなかった。
 しかも、実際に目撃したのに、
「あの女性は、どうしてあんな変な態度を取ったのだろう?」
 と、父親に対してというよりも、相手の女性のことに関して気にしているのだった。
 父親を気にしなかったのは、
「あれだけ、気まずそうにしていたのを見ると、さすがにこちらも気がひける」
 という思いがあったからだった。
「お父さんは、娘を見て、どうしてあんなにビビったのだろう?」
 と考えた時、
「これって不倫じゃないかしら?」
 と一瞬思ったのだが、すぐに否定した。
 それは、父親が不倫をしているなど信じられないという思いからではなく、母親の顔が普段は思い出しもしないのに、この時に限って浮かんできたことからだった。
「お母さんは、この悔しさを私の中で晴らそうとしているのかしら?」
 と思うと、母親の怨念めいたものが怖くて、父親に言及できない立場にいることを感じたのだ。
 つまり、この恐ろしさが、まるでホラーのような感覚になったのだが、実は後から思えばそれは違っていたのだ。
 母親は、背後霊ではなく、守護霊だったのだ。
 娘を守ろうとする一心で出てきてくれたのかも知れない。
「いや、逆に、父親に対しての不振が、ちょうどそばにいて、見守ってくれている母親の姿を、幻でありがながら、幻ではないという感覚で蘇らせたのかも知れない」
 と、感じさせられたのだった。
「お母さん」
 と、子供の頃というと、どうしても、口うるさい存在というのが強くて、あまり好きになれなかった存在だったことを、母親の姿を見て思い出したのだった。
「お母さんって、怖い存在だったのに、寂しさを感じた時、どうして母親を思い出すのかと思うと、近くにいたからだったんだ」
 という思いと、
作品名:秘密は墓場まで 作家名:森本晃次