入らなければ出られない
まずは、押してみて、距離を縮めようとしてもうまく行かない。近づいているつもりでいれば、いつの間にか離れていっている。それは、近づいていた意識はあるが、実際には、相手を追い越してしまったことに気づかなかったのだ。
それであれば、相手の背中が見えるはずなのに、相手の正面からしか見えない。なぜなら、相手も同じことに気づいてこちらを見るからだ。
さらに、相手も同じように、
「相手は、自分には決して背中を見せない」
と思っているようで、それは、お互いに通り越したことに気づいて振り向く瞬間が、まったく同じタイミングになっているからだということだったのだ。
それだけ、お互いが、光と影のような存在で、まるで、二重惑星のようになって、それぞれ同一距離でつかず離れずの公転を繰り返しながら、太陽の周りをまわっているかのようではないか。
それこそ、前述の、宇宙戦艦物の、アニメに出てきた。どこかの、二重惑星のようではないか?
あの惑星は、設定としては、
「善と悪」
の惑星であった。
実際には、お互いに寿命を迎えた惑星で、片方は、運命を受け入れようとしている星で、片方は、あくまで、生き残りの道を模索して、強力な軍隊による独裁政権で、宇宙に君臨するものであったが、それを、一刀両断に、
「善悪」
として、見てしまっていいのだろうか?
それが、一番の問題だったのだ。つまりは、喧嘩をしているとしても、どちらかが、善で、どちらかが悪だということで、決めつけていいのだろうかということなのである。
そういう意味では、兄弟げんかは、特に善悪という目で見てはいけない。危険だといってもいいだろう。
そんな二人が、一触即発状態になぜなっていたのか、他の人には分からなかっただろう。それは二人が表に出さなかったからというのと、
「恥になることを、自分から表に出すようなことはしたくない」
という思いからであった。
恥になることということが、どういうことになるのかということを、元々二人に教えた張本人である、人たちが、恥になるようなことをしているのだから、そもそもの原点から狂っているのである。
というのは、二人が行っていた高校に通う先生と、自分たちの母親が不倫をしていたのである。
母親は、2年前、つまり、かすみが、大学3年生の時、そして、典子が、まさに大学に入学してすぐくらいの頃に、父親と離婚していた。
かすみは、父親のことが嫌いだった。とにかく厳しいところがあり、何かというと、妹の典子を贔屓するのだ。それは、霞にしても、たまったものではない。逆に、典子は父親から可愛がられているので、母親よりも父親派だった。
母親は、結果として、先生とくっつくことになるほど、尻軽だったといってもいい。そのことを、最初から見抜いていたのは、典子だった。
典子は、そのことを父親に進言した。だから、父親は、典子を贔屓しだしたわけで、ある意味では、典子の行動が、家族の崩壊をもたらしたことになるのだが、まさか、典子も家庭の崩壊を願っていたわけではない。少しでもいい方向に行けばと感じたのは、当然のことであり、自分の意図しないところでこんな風になってしまったことに、今度は大人というものが、いかに子供を無視してのことなのかと憤りを感じたりした。それでも、父親だけしか味方になってくれる人がいないわけで、父親に近づくのはしょうがないことであろう。
姉のかすみは、そんなことが裏で起こっているなどまったく知る由もない。当然典子が口にするわけもない。そうなると、
「父親を憎み、母親の肩を持つ」
という態度に出ても、無理もないことであった。
しかし、実際に両親の離婚問題が勃発すると、
「何とか、それは阻止しないといけない」
と思っていた。
それは、妹の典子も思っていることだろうと思ったが、どうやら、典子は、離婚には賛成だったようだ。
離婚は簡単に成立した。ただ、大学生である二人は、それぞれに独立して生活をしているので、
どちらが親権を持つかというのは、形式的なものでしかなかった。
姉のかすみの方は、すでに成人と迎えるところまで来ていたので、関係はなかったが、妹の典子の方はまだ、18歳だった。
その頃はまだ。成人が二十歳だったので、話し合いで、親権は父親が持つことになった。
こちらは、実にスムーズだった。
なぜなら、父親を、典子が贔屓していたのは分かっていたので、母親が親権を放棄するなど、簡単に想像がつくものだった。
そういう意味では、離婚の話が進むうちに、スムーズに離婚が成立したのだった。
最初は離婚というものに、違和感があった家族の面々だったが、離婚が成立してしまうと、皆それぞれに、
「せいせいした」
という感じであった。
そんな家族関係というのは、世の中にはごまんといることだろう。まだ、円満な離婚で、借金があるわけでもなく、しかも、子供たちはすでに落ち着いている。それを思うと、両親が揃っていて、家族が円満だった時期なんて、とっくの昔だったのだということを感じるのだった。
ただし、そんな節目を、あまりにも簡単に通り過ぎてしまったので、人間関係は、冷え切ったままであった。却って、もっと揉めた方が、お互いに納得できるところまで話さなければならないのではないだろうか。そう思うと、今の凍り付いてしまった人間関係を無視しての、形式的に進んだ離婚というのは、果たして、円満だったといっていいのだろうか?
それを考えると、かすみはどこか納得がいかないが、典子の方は、
「これでよかったんだ」
と思っている。
そもそも、母親を毛嫌いしていたし、母親と似たところがあると思っている姉のことも嫌いだった。
典子は、それからしばらくして、小説を書くようになった。姉がマンガを描いているというのは、何となく分かっていたが、小説を書くという気になったのは、そのせいでも、姉に対しての対抗心でもなかった。ただの偶然だといっていいだろう。
しかし、典子の書く小説というのは、ドロドロとしたものが多かった。
と言っても、オカルトであったり、ホラーのようなドロドロとしたものではなく、人間の中の心に潜むドロドロとしたもので、不倫であったり、愛欲のようなもの、さらには、異常性癖などが、得意分野だった。
だが、実際には、そんなことを経験したことはなかった。しいていえば、母親の醜さが、一種の反面教師として描けばいいという思いはあった。
そもそも、典子は真面目な性格で、勧善懲悪なところもあるので、ドロドロとしたものを描くのは苦手ではないかと思われた。
だが、意外と書いてみると、書き上げられるもので、逆に知らないだけに、すべてが想像によるものということで、無駄な先入観はなかった。それだけに、
「想像は妄想なんだ」
と考えることで、ドロドロとしたものが書けるようになったのではないかと思われた。
小説の書き方は、当然我流である。学校では、ノベルクリエーションという名前のサークルに所属していた。
その名のごとく、
「小説の創造」
ということであった。
作品名:入らなければ出られない 作家名:森本晃次