入らなければ出られない
私には妹がいたって教えられたの、妹がお姉ちゃんになって助けに来てくれたんだって思ったら嬉しかったんだけど、それと同時に信じられないものを見た気がして、お姉ちゃんから距離を置かなければいけないって感じたのよね」
と、典子は言った。
「じゃあ、さっきのあの時の典子は、妹のなぎさが私を助けてくれたというの?」
と聞くと、
「ええ、そうだと私は思っているわ。そう考えると、お姉ちゃんが前に私を助けてくれたのと同じことになるでしょう? すべて合点がいくような気がするのよね」
と、典子はいう。
「お姉ちゃんも、あんな男、どうでもいいでしょう? 私も似たような男からお姉ちゃんに助けてもらって、その時に、なぎさの存在を知ったのよ。私たちにとって、なぎさの存在は、きっと、自分たちが困った時、どちらかに、乗り移って、そして助けてくれることになるのよね。これって、私たち三姉妹が、今は二人の姉妹だけど、どちらにも乗り移ることができて、その身体を借りて、もう一人の誰かを助けるということになるわけだから、実に大変だけど、繋がりの深さを考えると、これって、私たちだけではない。他の人にもありえるようなことじゃないかって、思うの」
と、典子は続けて言った。
「そうかしら?」
と、少し反論がしたかった。
かすみは、他の人と同じでは嫌だと感じる、天邪鬼なところのある性格だった。
だから、きっと、マサハルの気持ちも分かったのだろうが、そんな二人のことを、きっと妹の、なぎさも、かすみを通して分かったのだろう。
現実の世界に生きているかすみだから分からないようなことも、なぎさのように彷徨っている。守護霊のような人であれば、分かることもあるだろう。
「ひょっとすると、私も、お姉ちゃん同様に、マサハルのような男を好きになっていたかも知れないわ」
と、なぎさが言っているような気がしたのだ。
かすみは、時々、
「私の知っている人が、誰か身代わりと入れ替わっているような気がする」
という精神状態になることがある。
「カプグラ症候群」
というのだそうだが、そんな状態になっていることを教えてくれたのが、どうやら妹のなぎさだった。
「もう一人の自分」
がいるような気がしていたが、それが、なぎさだったのかも知れない。
なぎさは、もう一人の自分ではなく、自分の中で、都合の悪い時に入れ替わってくれるという、そんな存在だったのかも知れない。
そういえば、父が最後に、何か不思議なことを言っていたような気がした。
「入らなければ出られない」
どういうことだろう?
その時感じたのが、先ほどの部屋からホテルの部屋のことである。
密室でもあるかのような、ラブホテル。連れ込まれたとはいえ、入ってしまえば、出ることは、フロントに訴えなければ出ることはできない。
しかも、今回は最後に表にも、どうやって出たというのだ。確かに、ロックがかかっていないと、出ることはできる。しかし、普通に冷静になって考えれば、
「ロックがかかっていなければ、フロントが不思議に思って内線電話を掛けてくるか、部屋に確認にくるはずである」
と言えるのではないだろうか?
誰も来ることも、電話がかかってくることもなかった。それこそ、不思議というものだ。
やはり、守護霊としての、なぎさの存在が、二人を助けようとしたのかも知れない。
「二人って誰?」
最初は、自分と典子だと思ったが、典子ではおかしい気がする。
典子が助けにきてくれたからである。
「典子にも誰か身代わりが入り込んでいるのかも知れない」
という疑念は前からあったが、それが、なぎさだったとすれば、合点がいくのである。
なぎさって、どういう人だったんだろう? 今まで父親から一瞬聞いただけだったのだが。
と思ったが、かすみにも、典子にも分からなかった。
きっと、二人になぎさが乗り移っていなければ分からない。ということは、二人が一緒に理解するということはできないのだ。
そんな時思い出したのが、
「典子に誰かが乗り移っている」
と思ったのは、典子にあぎさが乗り移っている時ではなく、逆に自分になぎさがいる時ではないかと思った方が、辻褄が合いそうな気がした。
「入らなければ、出られない」
この言葉の発想はこのあたりにあるのではないだろうか?
密室の謎も、この、
「入らなければ出られない」
という発想に含まれているのだろう。
自分の中にいる時のなぎさが、教えてくれたことなのかも知れない。
なぎさが、そもそも、どうやって姉たちに乗り移ることができるのか。その時の言う釣られた元からいた二人はどうなるのであろう?
そんなことを考えた時、乗り移られた瞬間に、なぎさが、
「入らなければ出られない」
ということを考えるようだった。
その答えを得ているはずだとは思うのだが、それが分かっているのは、姉のどちらかに乗り移っている時だけで、出てしまうと、その意識は薄れてしまう。
しかし、乗り移られた方には、なぎさが出て行ったその時に、
「入らなければ出られない」
というこの言葉が、しつこいほど頭に残っていて、忘れられないに違いない。
それを考えていると、
「なぎさが、なぜ、この世に未練を起こして死にきれないのか?」
ということが分かってきたような気がしていた。
なぎさは、どうやら、典子と双子で生まれてくるはずだったのではないだろうか?
いや、その典子も本当は、かすみと双子だったのかも知れない。
母親には双子が生まれやすいという体質があり、初産では敵わなかったが、典子の時に双子ができた。
だが、生まれてきたのは、典子だけ。その時、半狂乱となった母が、死んだなぎさに、自分の狂乱となった姿を見せてしまったことで、成仏ができなかった。
その状態で、なぎさは、母親の苦しみまで背負った形で、この世をさまようことになってしまった。
それを、母親は知っていて、今でも精神を病んだまま、半分、精神疾患を持ったまま、苦しんでいる。
この物語で母親のことを出さなかったのは、そういう隠したいという理由があったからだったのだ。
そんな母親は、絵画が得意だった。その素質を、かすみは受け継いでいる。
そして、妹のなぎさは、きっと生まれてきていれば、小説を書いていたかも知れない。
そういう意味で、典子が小説を曲がりなりにも書けるようになったのは、なぎさのおかげではないだろうか?
なぎさは、典子に自分の果たせなかった夢を掛けているのかも知れない。ただ、自分が不幸の塊を背負っているので、小説も、暗いものしか描けないようになってしまったのではないだろうか?
その暗さは、なぎさから受け継いだもの。そして、かすみが、マサハルに惹かれたのは、実は彼の中にある躁鬱症の気が、かすみの中にいる、なぎさに反応したのかも知れない。
そういう意味で、なぎさは、
「お姉ちゃんが不幸になるとしたら、それは私の責任なんじゃないかしら?」
と思うようになったのだろう。
だが、なぎさも、マサハルという男のことを好きになっていた。異常性癖のようなものを受け継いでしまったが、なぎさは、
「私なら、治せるかも知れない」
作品名:入らなければ出られない 作家名:森本晃次