入らなければ出られない
「世の中には、知らなくてもいいことがあって、その方が幸せなことがある。それだけは言っておこうかな? それを知ったところで、決して得になることもないし、むしろ誰かをひどく傷つけることになる場合もある。だけど、それは、人が故意にした場合のことで、自然と知れてしまったことには、その限りにあらずだね」
という父親に、
「どういうこと?」
と聞くと、
「世の中というのは、自然現象に勝るものはないということさ。どんなに強い力を持っている人がいるとしても、それはあくまでも、個人でしかない。その力は、自然の前では無力に近いんだ。皆が信じている神だって、もし、自然が感情を持って戦ったとすれば、自然には絶対に勝てない。ただ、自然が感情を持てば、その自然は他の自然に絶対に勝てないんだけどね」
と父親はいう。
「さらに分からないだけど」
というと、
「要するに自然がなぜ強いかというと、感情がないからさ。つまり力というのは、感情が入ってしまうと、次第に力を失ってくる。逆にいえば、感情が力を持つということ。感情が強くなればなるほど、力は感情に吸い取られて、何か武器を使わないと勝てない状態になるのさ。だから、何かあって、復讐を企てたすれば、失敗してしまう例が多くなっているだろう? あれは、感情が強すぎるので、失敗してしまうのさ。人情的には、成功させてやりたいんだけどな」
と父親は言った。
「そんなものなのかな?」
と、いきなり復讐の話などされると、かすみも、戸惑うばかりだった。
だが、ここまで話してくると、何となく話している意味が分かってきた気がしてきたのだ。
父親の話はそれから、少しだけ続いたが、結局分からないまま終わった。今でも時々思い出すことがあるのだった。
最初の方は、よくある、
「姉妹関係のあるある話」
を聞いているようで、少しウンザリだった。
「聞いている」
というよりも、
「聞かされている」
と言った方がいいくらいだった。
あくまでも、親の説教というレベルの話にしか聞こえなかったので、
「どうせ、その内容も、言い訳や屁理屈で組み立てた話なんだろうな」
と、かすみが一番きらいな、説教としか思えずに。
「どうせ説教であれば、私にだって、何をいうのかくらい想像がつく」
とばかりに、言いそうなことを想像していたが、どうもその内容とはかなりかけ離れたものであり、意表を突かれたのだった。
思わず、
「もう一度今のところ、説明して」
とばかりに、いつの間にか最後の方では前のめりになっていたようで、完全に父親の術中に嵌ってしまったようだが、それでも悪いという気はしなかった。
父親の話には、説得力があった。
「もう一度確認したい」
と思えるほどの話であり、それを聞くと、次第に父親が何を言いたいのか分からないと、気持ち悪い気がしてきた。
我慢できずに。
「お父さんは何が言いたいの?」
と聞くと、
「それは、今のお前に話しても分からないことなので、話せないが、そのうちに、きっとこの話を思い出すことがあるはずだ」
というのだ。
「ここまで話しておいて、それはないだろう」
と思ったが、父親は、一度決めたら、その決意を変えることはない。
それだけ、力強い考え方だった。
ただ、父親がその時、ふと変なことを言った。
「神様ではないが、お前たちには、キチンとした守護霊がついているんだ。神様だったら、万人に平等なのだけど、お前たちの守護神は、あくまでも、お前たちだけを守ってくれているんだよ。だから、そのことを忘れるんじゃない。いずれ大人になってから、その守護神に頼ることになるかも知れないし、お前に何かがあった時、その守護神が助けてくれて、被害に遭うのを、未然に防いでくれるかも知れない」
というのだった。
「守護霊とかいうのは、よくマンガなんかにも出てきたり、話にも聞くので、私は信じている方なんだけど、でも、実際に見えるものでもないし、どんな力があるのか分からない。だから、普通なら信じろという方が無理よね。でも、私は信じたいかな?」
というと、
「そうだろうね。信じたいという気持ちがあるのは、きっと守護霊がお前の頭の中で生きているのかも知れない。表に出てこないだけでね。と言っても、入り込んでいるわけではないんだ。お前が見えているものも、霊にも分かっている。素直に信じられるというのは、きっとお前が素直に。その霊を受け入れることができたからなんだろうね。受け入れることができたというのは、きっと、お前と霊の間で、しっくり来ているのかも知れない。普通の人間だったら、信じてもらえないことを、お前は素直に受け止めた。それが、お互いの相性の良さを醸し出して、お互いに尊敬しあっているのかも知れないとお父さんは思うんだ」
というので、
「じゃあ、私を守ってくれるのは、その守護霊なの?」
「うん、そうだよ。だけどね。その存在は、お前が思っているよりも、十分に、生きている人間に近い。そのことを、感じていると、そのうちに見えてくるかも知れないし、その正体だって分かるかも知れない。そうなると、お父さんは嬉しく思う。これは、お父さんの希望だと言ってもいいだろうね」
と父親は言った。
こういう話を聞くと、
「お父さんと、守護霊は何か関係があるのかも知れないわね」
と感じるのだった。
そんなことを思い出していると、
「何か大切なことを聞いたはずなんだけど、なぜか、思い出せないんだよな」
ということであった。
ただ、その時の父親のセリフだけは覚えている。
「覚えておくといい。何か後で思い出せないような話を聞いた時、その話の中には必ず重要なことが潜んでいるんだ。その話が忘れられない間は、その重要な話をいずれ思い出すことができるんだ。だけど、忘れてしまうと、もう二度と思い出せない。それを肝に銘じておくんだぞ」
と言われた。
その顔があまりにも真剣だったので、怖い気がしたが、冷静になって考えれば、父親の話にも一理ある気がしたのだ。
まだまだ子供だった自分であるが、確かに、似たようなことは経験したような気がする。すぐに忘れてしまうことは、やはりそれだけのことでしかないのだ。どうしても忘れられないことがあり、どうして忘れられないのかを考えた時、今の父親の話のようなことを自分で感じたような気がしたのだ。
ただ。子供の自分がそんな難しいことを分かるはずがない。
「何か、自分にいい聞かせてくれる大きな力が働いているのではないか?」
と、その時は、父の話を聞く前だったのに、
「守護霊」
という言葉を感じたような気がした。
それは、
「守護神」
ではなく、守護霊なのだ。
守護霊がどういうものなのか、自分でも調べてみたりした。
「へえ」
と思うようなことが書いてあった。
守護霊というと、自分の先祖ばかりを想像するのだが、守護霊といういわゆる、
「人を救うという意思を持った霊的な存在のものをいう」
と書かれていた。
しかも、霊魂というと、仏教であったり、東洋の宗教のイメージが強かったのだが、守護霊の考え方は静養宗教から来ているという。
そういう意味では、イメージとして、
「よいことをしてくれる妖怪」
作品名:入らなければ出られない 作家名:森本晃次