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 などという発想から、消去法に近い形で見られるものだと、マサハルは考えていた。
 そんな中で、マサハルは少し、自分の五月病が落ち付いてきたのを感じると、余裕が出てきたのか、かすみのことを考えるようになったのだ。
 これまで自分のことで精いっぱいだったこともあって、かすみのことを考えていると、かすみと一緒にいた時期が、遠い昔のことのように思えるのだ。
「一体、躁鬱のトンネルをいくつ潜ってきたのだろう?」
 と、すでに、姿すらまったく見えなくなってしまったことで、その間にいくつのトンネルがあったのか、想像もつかなかったのだ。
 思い出そうとしても、顔もぼんやりとしてしか思い出せない。
「まるで、自ら光らない、邪悪の星のようではないか?」
 と考えた。
 いつもそばにいるのに、その存在感を消していて、近づいても分からない。だからこそ、死んでしまって初めて気づくという笑えない話を、その星に感じたのだった。
 もし今、
「ねえ、かすみちゃん」
 と、声を掛けたとすれば、その時返ってくるであろう、笑顔を想像できるだろうか?
 普段の顔は見れば思い出せるのかも知れない。記憶の片隅に残っているものを拾ってくることができるからだが、笑顔は忘却の彼方に消えていったのだろうか? まったく想像がつかないのだ。
「まさか、今までに笑顔を見たことがなかったんじゃないだろうか?」
 ということを感じて、寒気がした。
 何が怖いといって、想像できないことが怖いのではない。笑顔を見たことがなかったのではないかということを考えたこともなかった自分が怖いのだ。
 笑顔あっての、カップルだと思っていたのに、笑顔を見たことがないかも知れないなんて、誰が想像できるというのか?
 それを思うと、かすみの普段の顔も思い出せそうで思い出せない自分に苛立ちを覚えていた。
「もし今会ったら、初めましてと言ってしまうレベルだ」
 と思うのだった。
「本当にカップルだったのか?」
 と思い始めると、
「もし、今度は彼女の笑顔を見たとしても、こちらも、つられて笑顔になることができるのか?」
 と考えてしまう。
 きっと、こういうことを考えている時点で、すでに元に戻ることのできないカップルになってしまったのかも知れない。
 マサハルは、そんな風に考えていたが、では、かすみの方はどうだったのだろう?
 マサハルのことを考えて、自ら遠ざかっていたのだが、マサハルの気持ちが躁鬱になっているなど、想像もできなかった。
 そもそも、マサハルに躁鬱の気があるなんて気づいていなかった。ちょうど、つき合っていた時期に、そのようなイメージがなかったのか、マサハルが必死に隠していたのを、かすみが鈍感で気づかなかったのか、どっちにしても、二人の心のスレ違いは、完全に、
「交わることのない平行線」
 に違いはなかった。
 マサハルは、五月病が何とか収まって、躁鬱の、躁状態になり、やっと精神的に落ち着いてきたのが、もう飽きも深まってきた頃だったのだ。
 マサハルから連絡があった。
「今度会えるかな?」
 と言ってきたのだ。
 久しぶりに聞く、電話越しのマサハルの声は、かなり遠くで聞こえたような気がした。その声に聞き覚えは当然あるのだが、まるでマスク越しに聞こえたような気がした。伝染病が流行っていたので、マスク越しの声に違和感はないはずなのに、それでも違和感があったのだ。
 それよりも、なぜいきなり電話だったのか、それがまずはビックリだった。
「まずは、LINEじゃないのかしら?」
 と思ったのだ。
 相手が電話に出れない可能性もあるのに、それにも関わらず、いきなり電話を掛けてくるというのは、どういうことなのか? よほど、早く声を聞きたいと思ったのか、それとも、マサハルという男が、あまり空気を読める人間ではなかったということなのだろうか?
 そこまで考えると、
「そういえば、あの人、融通の利かない人だったわね」
 と、いまさらのように思い出した。
 そう思うと、
「私は、彼のことをどこまで知っているというのかしら?」
 確かにつき合っているという意識はあるのだけど、どういう付き合いなのかというのを、考えたこともなかった。
 かすみも、それまで恋愛経験があるわけではなかったし、マサハルも女性と付き合ったことがなかったといっていた。就職活動の前に知り合って付き合うようになった。お互いに一人でいなければいけない寂しさが二人を引き寄せたのかも知れないが、それにしても、就職活動という忙しい時期、なかなか会うことはできない。それでも、
「自分は一人じゃないんだ。お付き合いをしている人がいる」
 という思いが、寂しさを和らげてくれて、就職活動を頑張ることができるという、カンフル剤になっているということは確かだった。
「一生懸命にやらなければいけないことへのカンフル剤以外に何があるというのか?」
 などということを考えたことはなかった。
 就職活動を、苦しみながらであったが、うまく乗り越えて、実際に入社前までの短い期間であったが、何度かデートを重ねたが、そのデートの間に、どこまで近づくことができたというのか、キスまではできたが、それ以上のことはできていない。
 マサハルが、それ以上を求めてこなかったのだが、かすみも、正直、自分でどこまで求めていたのか、身体を与える覚悟ができていたのかと聞かれると、曖昧だった。
 ひょっとすると、迫ってこられると、拒否していたかも知れない。そして、相手を傷つけていたのではないかと思うと、自己嫌悪に陥ってしまうのではないかと思うのだった。
 それも、微妙な気がした。
 迫られると、受け入れる自分も想像できるし、断る自分も想像できた。
「ということは、覚悟くらいはできていたのではないか?」
 と、感じるのだった。
 かすみは、そんなことを考えていると、
「処女を失うことができなかったのを、後悔しているんだろうか?」
 と感じた。
 処女のまま、社会に出るのと、処女を喪失してから社会に出るのとでは、見えてくる世界が違っているのではないかと思った。
 正直、一度浮かんできた後悔は、どんどん膨れていく。
「どうして、学生時代に失わなかったのだろう?」
 まったく機会がなかったわけではないが、勇気がなかったというのが、一番の理由だが、もう一つは、ここまであとになって、後悔するなど、思ってもみなかったというのが、本音であろう。
 会社に入ってから、しばらくは孤立した気持ちになっていたが、それは、自分が処女だということを必要以上に意識していたことであり、まわりは少しでも歩み寄ろうと気を遣ってくれているということが分かっているのに、自分から歩み寄ることはできなかった。
 そのうちに、かまってくれることは少なくなり、ホッとした気分ではあったが、一抹の寂しさを感じないわけではなかった。