入らなければ出られない
という、バカな勘違い男もいるだろう。
もっとも、こんな男であれば、さっさと離婚した方がマシだといえるだろう。
ただ、問題なのは、一度だけの浮気を許してしまったことで、対等だったはずの夫婦関係に乱れが生じ、
「旦那はずっと奥さんに頭が上がらない」
という関係を、ずっと抱えていくことになる。
奥さんはそんなつもりはなくとも、旦那の方が、頭が上がらないと思うと、大きなプレッシャーとなり、さらにストレスとなり、その苦しみから逃れたい一心で、また浮気をするかも知れない。
ただ、今回は、浮気ではなく不倫になる可能性は高い。なぜなら、一度きりの身体の関係だけでは済まなくなるからだ。
何しろ、奥さんに対しての劣等感から逃れたい気持ちで、癒しを求めているのだから、肉体的な関係ではなく、癒しを求めるということは、心を奪われているといってもいいだろう。
「一度、浮気をした人は、一度許しても、何度も繰り返す」
と言われているが、それも、今のような考え方であれば、それも当然のことではないだろうか?
それを考えると、結婚するというだけで、
「一瞬の気の迷いからの間違いも許されない」
ということだ。
たとえ、その時、許されたとして、
「ああ、許してくれたんだ。よかった」
と、ほっと胸をなでおろしたとしても、結局は自分で自分の首を絞めてしまうことになり、結局、遅かれ早かれお破局を迎えることになるのだ。
ということであれば、
「最初から結婚なんかしなければよかったんだ」
と思うだろう。
「結婚は人生の墓場だ」
と、結構昔から言われていたが、最初は、
「何て大げさな」
と、嘲笑していたが、冷静に考えてみると、笑い事ではないと思えてきたのだった。
普通、結婚もしたことのない人間がここまで感じるということはないのだろうが、この時のマサハルは、まるで自分が、予言者であるかの如く、将来の自分が見えたような気がした。
融通が利かないところがあるのは、それだけ真面目に考えているからであって、真面目に考えるがゆえに、余計にまっすぐしか見えないのだ。
まっすぐに見てしまうと、その先にあるものは、悲惨な運命しかない。彼を五月病に陥れた精神状態も、これと同じ作用だったのかも知れない。
ただ、彼がこのことを感じるのは、五月病に罹っていた時よりも少し先で、五月病は、永遠に続くものではなく、辛い時期ではあったが、ある程度の時期が過ぎれば、自然と治っていくのだ。
これを、マサハルは、
「まるでワクチンの副反応のようだ」
と感じた。
数年前まで流行っていて、まだ鎮静化したわけではない、世界的なパンデミックを引き起こした、伝染病の恐怖の頃、ワクチンというのが、大きな影響を与えたが、そのワクチンの副反応には、かなりの個人差があったが、ほとんどの人が大なり小なり影響があったのだ。
副反応という言葉は、聞きなれない言葉であったが、
「副作用の中で、ワクチンや予防接種などに限って起こるものを、特別に副反応と呼ぶ」
というのが、定義だということだった。
副反応では、熱が出たり、吐き気、嘔吐、倦怠感などの、さまざまなものがあり、一つだけの人もいれば、すべての状態になる人もいる。
しかし、これは、身体の中の抗体とワクチンとの、相互作用による反応なので、すぐに治るものである。(個人差によって、亡くなる人もいるかも知れないが、本当に稀なケースである)
五月病というのも、ある意味で、自分が大学を卒業してから、就職した時に、一緒に抱いた、覚悟というものと、実際の厳しさが、自分の中で反応し、鬱状態のような苦しみを与えているのかも知れないが、これも、厳しさが、覚悟を飲み込むのか、それとも、覚悟が厳しさを飲み込むのか、どちらにしても、長くは続かないものである。
「永遠に続くかも知れない」
などということなどありえるはずもなく、一過性のものだといってもいいだろう。
だが、これが結婚ということになると、一生ものなのだ。
下手をすると、五月病の時のような鬱状態は、離婚しなければ、解消しないものなのかも知れない。
それを思った時、離婚を考えるのだろう。しかも、自分、あるいは、相手のどちらかに決定的な後ろめたさがあり、お互いの関係が、平等ではなくなってしまっていれば、それは、もう離婚しかなくなってしまう。二人だけの問題であれば、それほどのことはないかも知れないが、子供がいれば、簡単にはいかないだろう。
マサハルはそんなことを考えていると、自分の精神状態がおかしくなってくるのを感じた。
抑えの利かない感情がこみあげてきて、
「こういう気持ちを、ご乱心とでもいうのだろうか?」
と考えるようになった。
ストレスと鬱状態がどこから来ているのか、何とも言えない状態だといってもいいだろう。
躁鬱と邪悪な星
マサハルは、次第に精神的に病んできていた。それを、かすみは知る由もなかった。
「仕事が忙しいだろうから、連絡を取るのを控えているだけだ」
と思っていたのだが、それにしても、そろそろ入社して半年になるのに、マサハルから連絡が来ることはなかった。
「一体、どうしたんだろう?」
と少し不安になっていたが、なぜかさほど、気になるということはなかった。
実際にそれほど、好きだったのかどうか、自分でも分からないと思っていた。
そんなかすみだったので、敢えて連絡を取らなかったのは、
「自然消滅でもいいか?」
と思っていたことを思い出した。
正直、自分も仕事のことで、
「マサハルにかまってはいられない」
という意識があったこともあり、マサハルの存在すら忘れていたのだった。
普通だったら、どんなに忙しくても、いや、むしろ忙しいからこそ、つき合っている人のことをちょっと思い出すだけで、頑張れると思うのではないだろうか?
それがないということは、本当に忘れていたといっても、正直な気持ちではないだろうか?
それを思うと、マサハルのことは、半分、どうでもいいと思っていたふしがある。それよりも、今の会社に、気になる男性がいるくらいだった。
遠距離とまではいかないまでも、気持ちの上では遠距離恋愛と変わりはない。遠くないだけに、架空の距離が却って遠く感じられ、平行線が、歪な形になっていくのであった。
かすみが、マサハルに対しての気持ちが薄れていくのに反し、マサハルの方は、かすみのことが気になって仕方がなくなっていた。
結婚というものを考えなくなると、かすみという女が忘れられなくなっていく自分を感じた。
「かすみが、年を取ったところなんか想像もできない」
と思っていたが、想像したくないと言った方が正解であろう。
だから、かすみという女は、
「今だけの女でいいんだ」
と思っているようだ。
それは、本当に今だけという意味ではなく、
「今がなければ先がない」
という意味でもあり、とにかく、今だけ何とか自分の女でいてほしいという考えだった。
それは、鬱状態になっていることから、そんな風に考えるようになったのだ。
つまり、
「先を見ることができない。見ることが恐ろしい」
作品名:入らなければ出られない 作家名:森本晃次