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後悔の意味

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 もうすぐ20分というあたりで、つき出しを出してくる。その時に彼女はちゃんと聞いてくれる。
「つき出しは、一つでいいですか?」
 その時が、湧川にとって、一番困る時間で、あと少しなので、来ない可能性が高いので、それまでの20分をなかったと考えるか、それとも、ここが7時だと考えると、約束ちょうどということになり、来る可能性が高くなる。なぜなら、友達の20分のデッドラインを知っているので、連絡してこないということは、
「それほど遅れることはない。連絡を入れるくらいなら、さっさと来てしまった方が早いだろう」
 と思うに違いない。
 それを思うと、いつも、
「つき出しを2つ」
 と答えるのだった。

                 ジレンマ

 その日も友達はなかなか顔を出さなかった。
「まあ、そのうち来るだろう?」
 といつものことということで、あまり気にもしていなかった。
 店内もいつもの時間がいつものように流れていたのだろう? 別に違和感は一切感じなかった。
 そのうちに、扉が開いて誰かが入ってきた。
「友達か?」
 と思ったが、入ってきたのは、女の子二人組だった。
「こんばんは」
 と誰にいうというわけではなく、一人がそういうと、開店準備をしていた女の子が、
「いらっしゃい。お好きなところへどうぞ」
 と、こちらも、お互いを見知ったかのように声を掛けた。
 どうやら、第一声を発した女の子は、この店の馴染みのようだった。
 彼女たちは、
「L字型になったカウンターの奥の、狭い場所にいる湧川の顔がよく見えるように、3つほど席を開けたところに座ったのだった。
 このL字型のカウンター席に座るのは、いつものことで、ここに座っていると、ちょうど、斜め前に友達が座ることになるので、それが、お互いの位置関係でしっくりくるのだった。
 元々、湧川が、
「俺は端がいいんだ」
 というこだわりを持っていて、墓所に一切のこだわりのない友達も、
「じゃあ、この位置がいいよな」
 と、ここが、最初から二人の定位置になった。
 何しろ、9時くらいまではいつも貸し切り状態なのだから、指定席は、座りたい放題だったのだ。
 女の子二人は、椅子に座って、店内を見渡していた。
「あれ? 常連じゃなかったのかな?」
 と思ったが、それも、おしぼりで手を拭く間だけのことだった。
「ああ、なるほど、こんなまだ準備段階の時に来ることはなかったんだ。だから、珍しいと思ったんだな?」
 と感じた。
 それを裏付けるように、店の女の子が、
「珍しいですね? こんな時間に。今日はお友達と一緒ですか?」
 と言われたのを聞いて、
「ああ、やっぱりそうだったんだ。いつもは、もっと賑やかな時に来ていたんだろうな? そして、その時は、友達と一緒ではなかったということか? じゃあ、誰と一緒だったんだろう?」
 などと、思いながら見ていると、
「あれ?」
 と思った。
 いつもは、店が暗く、今とは雰囲気が違うのと、会話をしている女の子が、今日は帽子をかぶっていることでよく分からなかったが、
「声の感じからすれば、この間お母さんと一緒に来ていた、友達の会社のパートさんの娘かな?」
 と思った。
 あの時は、お母さんがいて、主導権は完全に母親だったが、今日は娘の方だったことも、すぐに分からなかった理由だろう。
「それにしても、前と随分、雰囲気が違うものだ」
 と思った。
 前は、完全に母親に合わせたというか、スナックが似合う母娘という雰囲気だったが、今日は友達と一緒というところで、帽子をかぶっていることから、完全に、友達と昼、ショッピングか何かを楽しんでの帰りのように思えた。
 思い切って、湧川は声を掛けてみることにした。
「ひょっとして、迫田君と待ち合わせでしょうか?」
 と訊ねると、
「ええ、そうですが、湧川さんですよね?」
 と、謂れ、
「やはり、そうだった」
 と思い、
「ええ、そうです。僕も迫田を待っているんですよ」
 というと、
「そうですか。この間は母と失礼しました。母と一緒に来るときは、完全に母親の独壇場になるので、私は、借りてきた猫状態です」
 と言って、ニッコリと笑った。
 そして、やっと彼女は帽子を脱いだが、その表情は、まさに自分たちと同世代の女の子という雰囲気だった。
 母娘の時は、
「若い娘」
 というイメージはあったが、母親のイメージが強すぎるので、若いには若いが、若さよりも、静かな雰囲気という印象が強くあり、若さの特徴が出ていなかったことから、
「本当は一体、いくつなんだ?」
 と、若いと言えば若いが、30代後半に見えなくもないくらいの感覚だった。
 それは、
「おとなしさが、悪い方に影響している」
 という印象だったからだろう。
 そんなことを思いながら、この後の会話をどうしようと思っていたところに、
「ああ、もう来ていたんだね? 待たせて、済まない」
 と言って、迫田が扉を開けて、唐突と言っていいくらいに入ってきた。
 迫田の登場はいつも唐突だ。それは、いつも、約束の時間を遅れるからで、湧川よりも先に来たことはない。
 今は別の仕事をお互いにしているので仕方のないことであるが、一緒に仕事をしている時もそうだった。
 これが、早く来ることをデフォルトで考えている湧川と、普通に遅れることをさほど悪いとは思わない、よく言えばおおらかな性格である迫田との違いと言えばそれまでだろう。
 迫田の出現で、湧川は少し複雑な気もした。
「せっかく、三人での会話から入り、主導権が握れたかも知れない」
 という、ちょっと、惜しいという気持ちと、
「よかった、主役が来てくれて」
 という、普通の感情とが入り混じったからだった。
 ただ、実際に迫田の顔を見てしまうと、後者なのだろう。
 それを感じた時、
「俺って、迫田にかなり依存しているところがあったんだな」
 という思いであった。
 迫田は、いつだって輪の中心にいるやつだった。
「さすが、家業を継いで、いずれは社長に収まるというやつだけのことはある。新入社員の時も、どこか違うと思っていたもんな」
 と感じていた。
 そんなことを考えていると、迫田は、彼の指定席に座って、少し荒れていた呼吸を整えているようだった。
 どうやら、仕事が終わってから急いできたようだ。
 湧川と二人の時はそんなことはないのだが、女の子二人を待たせているという思いが強かったのだろう。それはそれでよかった。それだけ、湧川のことを、本当の親友だと思ってくれていると、再確認できたという意味だからである。
 そんな迫田を見て、彼女たちも何も言わない。呼吸を整えた迫田は、目の前にあるグラスに氷を入れて、酒を注ぐことなく水を半分くらい入れて、それを一気に飲み干した。
 フッと息をついたかと思うと、少し下を向いて、おもむろに顔を上げると、
「今日は、待たせてすみませんでした」
 と、誰にというわけではなく、真正面を向いて、そういった。
 彼女たちが、申し訳程度に頷いたので、湧川もそれを見習って頭を下げた。普段なら絶対にしないことだったので、思わず笑ってしまいそうになるのを堪えていた。
「いやあ、仕事のキリがなかなかつかなくてね」
作品名:後悔の意味 作家名:森本晃次