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後悔の意味

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 その怒りと、あの場で言いたいことを言わなかった後悔とが一緒になり、余計に耐えられない状況になってきた。
 大人の対応としては、これ以上ない態度だったに違いない。しかし、それでどうなったというのだ? つかさから、
「何て、男らしい人。この人にならついていける」
 とでも思われたのだろうか?
 そうであればいいのだが、そんなことはなさそうだ。少なくとも何も言ってくれないではないか? 再度訪れた怒りは、最初の怒りのように限度があるものではない。二度目は、抑えの利かないもののようだ。それを考えると、最初に怒りを抑えた自分に腹が立ってきた。
 湧川は、自分を抑えることができなくなっていたのだった。

                 大団円

 その日の湧川は、自分がどんな心境で過ごしていたのか、どんなことをしたのかすら覚えていない。博物館には結局行かなかった。湧川の精神状態を見越してか、それとも、自己保身の意味もあって、何をされるか分からないという気持ちがあったのか、
「今日は、よしましょう」
 ということになったのだった。
 精神的には、少しホッとした。自分でも何をするか分からないと言った精神状態だっただけに、少なくともその日一日は、人と一緒にいるのが嫌だった。
 結局、その場で別れて、彼女は帰っていったのだが、一人になった湧川は、何をどう感じたというのだろう。
 最初は、怒りと後悔だけが残った。
「どうして、あのまま怒りを抑えてしまったのだろう? そんなことをするから、怒りと後悔だけが残ってしまった。あの時、抑えたからと言って、誰が同情してくれるというのか、まわりは、まったく無視していたではないか。俺も、あの男と同類と思われていたのかも知れない」
 と感じた。
 さらに、
「あそこで怒っていれば、下手をすれば警察沙汰になったかも知れない。だが、悪いのは向こうで、こっちに非があるわけではない」
 そう思うと、何も引き下がる必要はなかったのだ。
 本当なら見せしめに、あいつを懲らしめるくらいの気持ちがあってもいいはずだ。そう思うと、自分の性格が、
「勧善懲悪」
 であることを思い出した。
 子供の頃にも似たようなことがあった。あの時は勇気が持てずに、自分の意見を言えなかった。それを見ていた母親から、
「あんたは悪いわけじゃないのよ。言いたいことがあるなら、ハッキリ言わないと後悔が残るだけなのよ。いい? あなたは悪いことをしたわけではないの。それさえしっかり分かっていれば、文句を言ってもいいことなのよ」
 と言われた。
 その時に感じたのは、
「俺は、意気地なしだった」
 ということと、
「正しければ、貫くしかないんだ」
 という、勧善懲悪の絶対性、そして、
「言いたいことを我慢すると、後悔が果てしなく残ってしまう」
 ということであった。
 しかも、この後悔は、トラウマとなって残るものであり、その頃には知る由もなかった、PTSDというものになってしまうということであった。
 後悔というものが、自分にどれだけの苦痛をもたらすことになるか、それは平面ではなく、高さのある立体である。さらにそこに、
「果てしない時間」
 が伴ってくるということになると、自分でも何をどうしていいのか分からなくなってくと。
 それが、トラウマにも繋がっていくに違いない。
 その時に確かに感じたのが、
「もう一人の自分」
 だった。
 その日の夢に出てきたのは、もう一人の自分、
「一番怖い」
 とその後から夢をそう感じるようになった存在だった。
 そんな自分が、何かを必死に訴えているが、何を言っているのか、声が聞こえない。必死になって、悔しさを叫んでいるようだ。かと思うと、次の瞬間の憔悴感は、かなり激しいものだった。
 それが後悔なのだと思うまでに少し時間が掛かった。
 それまで、後悔などしたことがなかったような気がする。そもそも、後悔するほどの決断のチャンスが、子供だったこともあってなかったことではなかっただろうか? それを考えると、
「後悔は、大人への第一歩」
 ではなかったかと思うのだった。
 そんな思いをした湧川は、それから少しして、つかさから、
「あなたには、ついていけない」
 と言われた。
 それでも必死になって追いすがったが、さらに、
「あなたはいらない」
 とまで言われたのだ。
 正直、つかさのことを最初はそこまで思っていなかったが、後悔したくないという思いから、次第に惹かれていくようになったのだ。しかも、そこで、
「つかさの秘密」
 を知ってしまったことで、自分の優位性に気づいた湧川は、それは正当な権利であり、少々のことをしてもかまわないという勘違いをしてしまったのだ。
 ストーカーまがいのことをすれば、当然、相手には愛想を尽かされるし、下手をすれば、警察に通報されるレベルである。
 しかも、他人の秘密を餌に使うなど、言語道断。勧善懲悪が、聞いてあきれるとはこのことである。
 では、つかさの秘密とは何であったが、
 それは、かつて、
「自分を試そう」
 というあざとい行動をした、えれなと再会したことから始まった。
 えれなは、その後、風俗で働くようになったのだが、そのえれなが、つかさを見て、懐かしそうに話をしたことがあった。
 最初は何のことなのか分からなかったが、普段は少々のことでは何も言わないつかさが、えれなに対して、極端に避けようとしたのだ。
 えれなが、風俗にいたことを知っていた湧川は、
「ははーん、そういうことか」
 と理解した。
 そして、完全に、
「つかさを、支配できる」
 と完全に勘違いしたのだ。
 しかも、そのことをまわりに知られたくないというつかさを守れるのは、この自分しかいないと思ったことで、つかさは、ある程度追い詰められることになった。
 えれなからも、湧川からもである。
 だが、湧川の強引な態度から、逃れようとすればするほど、粘着してきた。そこには、湧川の、
「後悔したくない」
 という思いがあることを、つかさは、その理由も分かっていただけに、完全に遠ざけるためには仕方がないということで、警察に相談し、ストーカー防止法に則って、警察からの対面禁止命令を勝ち取っていた。
 つかさの秘密というのは、一度病院を辞めて、看護婦から遠ざかっていたということだったが、それが、風俗での勤務だったようだ。
 家族の借金のためにやむを得ずということであったが、つかさの本性は、風俗に合っていたのだろう。
 さらに、彼女の性格は、尽くすということがその本質だったこともあって、風俗の間にもストーカーに遭っていた。だから、今回の湧川からの、ストーキングにも、うまく対応できたということであろうか?
 そんな秘密を知った湧川は、きっと、魔が差したのだろう。
 だが、これを湧川の、
「大失恋」
 という言葉で表していいのだろうか?
 確かに、その後すぐに、我に返って、このようなひどいことはなくなった。つかさにも、えれなにも、その後は接触もしていないし、迫田とも距離を置いた。
 迫田も、そろそろ本格的に、家業を継ぐための地盤固めをしなければいけないので、正直、湧川にかまっているわけにはいかなくなった。
作品名:後悔の意味 作家名:森本晃次