後悔の意味
確かに、えれなの相談ごとには、結構いろいろ聞いてきてあげたつもりだったが、それだけで飽き足らず、利用することを考えたのだとすれば、こんな屈辱はあったものではない。
噛ませ犬に噛まれたとしても、自分が噛ませ犬にされたとしても、どちらも、ありえないことだった。
「この女、恐ろしい女だ」
と考えた。
ここまで思うと、もう迷うことはなかった。その後何をどう感じたのかなど覚えていない。何とかよく、その場を最後まで怒りもせずにいることができた自分が信じられないほどで、それ以降、えれなに連絡を取ることもなかった。
えれなの方からも連絡を取ってくることはなかったので、どちらにしても、湧川は、利用されたことには変わりない。
「何てことだ」
吐き捨てるように言って、えれなのことを忘れ去ることができたのだった。
それは、二年前のことで、すでにそのことは忘れてしまっていたのだ。
湧川は、性格的に、熱しやすく冷めやすい性格だった。
しかし、そのことがあってから、生活のリズムがしばらくおかしくなっていた。今までであれば、事なきを得ていたようなことでも、ちょっとしたトラブルになってしまったりと、
「今は運が向いていないのかな?」
と思っていたが、それは、運というよりも、歯車が狂っているだけだったのだ。
逆に言えば、一つ歯車が噛み合えば、すべてがうまくいくということで、まるで、バイオリズムの一つ一つのずれのような感じだった。
だが、これは、湧川に限ったことではない。誰もが、バイオリズムのすべてが、そして、歯車がきれいに噛み合うわけではない。少しずつずれているからこそ、ちょっとずつ欠陥はあるが、何とかうまく回ってきているのだ。
すべてがうまく行っている間など、そんなに長く続くものではなく、必ずどこかに無理がくる。そう思うと、
「うまく行っている部分を何とか伸ばすか?」
あるいは、
「うまく行っていない部分を、ごまかしながら、被害を大きくしないように心がけて行動するか?」
ということの二択になるだろう。
これは、減算法、加算法の考え方にも関わってくることでもある。
減算法というと、テストなどで考えると、点数的に合格ラインが決まっている場合などは、
「どの問題を優先するか?」
という、テスト戦略に関わってくるものであろう。
逆に加算方式は、合格ラインを考えるというよりも、合格人数が決まっている場合で、
「何点取れば合格するのかが分からない場合は、逆に、解ける問題から片っ端から解いていく」
ということで、こちらも結局は、戦略とやり方は同じであるが、プロセスによる考え方が違うことで、
「いかに歯車を噛み焦るかが変わってくる」
のだった。
また、この考え方は、
「長所と短所」
の考え方にも精通している。
「長所をより伸ばすか?」
あるいは、
「短所を、いかに補うか?」
という意味で、攻守の問題と言ってもいい。前者が攻めであり、後者が守りである。
しかし、そもそも、
「長所と短所は紙一重だ」
と言われるではないか。
もっと言えば、前者は、加算法に繋がるものがあり、後者は、減算法である。
将棋などで、一番隙のない布陣は、最初に並べたあの形だという。あれこそ、減算法の極意のようなもので、守りを崩してまで攻めなければ、勝ち目はないということになる。
「攻撃は最大の防御」
という言葉は、その裏返しだといえるのではないだろうか?
そんな状態だったので、本当はあまり目立った動きを見せない方がいいのだろう。
「天中殺の時は、動いてはいけない」
というのを聞いたことがあるので、しばらく静かにしていた。
だからと言って、生活のリズムを止めてしまうわけにはいかず、やはり、
「被害を最小限に」
という考えだったのは当然ではないだろうか。
だが、こうなった原因が、あの時のえれなの、
「余計なこと」
だったことが悔しかった。
「もう、あんな女とかかわりになどなりたくない」
と思っていた。
今から思えば、少しでも、いい女だと思った自分を情けなく思うくらいだ。やっと2年が経って、生活は完全に元に戻ってきた。迫田につかさを紹介してもらえる機会が巡ってきたのも、
「きっとバイオリズムが好転してきたことが原因ではないか?」
と思うようにあったのだった。
湧川は、つかさと、つき合うことにした、
と言っても、お互いに、二の足を踏んでいるようだったので、
「だったら、お試し期間というのではどうだい? 体験入店みたいなものさ」
と、迫田は言って、少しいやらしい笑みを浮かべた。
他の二人はポカンとしていたが、一人だけ、その言葉に反応したのか、何とつかさだったのだ。顔を赤らめて、下を向いてしまった。その表情を、迫田は見逃さなかった。
そして、すぐに、
「私はいいですよ」
と、これも意外なことに、最初にOKしたのも、つかさだったのだ。
「そっか、それなら、後は湧川だけだな」
と迫田に言われて、
「ええ、いいですよ」
と、湧川も二つ返事だった。
湧川も、つかさのことを気に入っていた。少し気が強そうなところもありそうだが、変に人と同じでは面白くない。どこか変わったところがある方が、お互いを知るのに、いいような気がした。
つかさは、ニコリと笑い、湧川を見た。その日初めて、つかさが湧川をまともに見た瞬間だった。
「つかさという女性は、本当に気を許せると思った人でなければ、まともに顔を見ようとはしない人なのかも知れないな」
と、湧川は感じ、その相手が自分であることを光栄に感じていた。
この思いが、湧川を二つ返事にさせたのだった。
二人とも最初から問題などなかったのに、煮え切らなかったのは、それぞれで事情が違っていた。
湧川の方は、
「簡単に了承しないのは、えれなのことがあったからだ」
と思っていた。
あの時、いろいろ考えさせられ、結局。自分を試すようなことをしたえれなが、正直許せない気持ちになっていたからで、それがトラウマになっていたからだった。
つかさの方は事情が違って、意識をしたのは、つむぎのことだった。
「もし、私と、湧川さんがつき合うようになるのはいいけど、いくらお試しとはいえ、関係がこじれてしまうと、つむぎのお母さんが、迫田さんの会社に勤めているということから、何か私とつむぎの間でも、ぎこちなくなってしまったら困るわ」
という思いが一瞬、頭を掠めたからだった。
つかさも、湧川も、お互いに嫌な相手だとは思っていない。
特に湧川とすれば、えれなのような女性を見てきたので、
「あの女に比べれば、全然マシではないか」
ということだったのだ。
ただ、それともう一つ引っかかっていたのが、
「つかさは、学校を卒業して、ある病院に入ったのだが、そこを一度辞めてから、また別の病院に勤め出した」
ということだった。
その時にいろいろ事情があったのだが、なるべくなら言いたくないと思っていた。
ただ、
「分かってしまったのなら、その時はその時、私が身を引けばいいんだわ」
と、つかさは思った。
つかさという女性は、気が強いのは間違いなさそうなのだが、
「相手に尽くす」