後悔の意味
だから、本の話をすることが多いのに、そもそも読んでいる本が違うのだから、会話になるはずもなかったのを、強引に話をしようとするのだから、違和感は満載であろう。
だが、その日はいつもと違い、もっと彼女には違和感があった。話がまったく噛み合わないのである。
「本当に俺の話を聞いているんだろうか?」
という思いがあった。
そのうちに、一緒にいても、何が楽しいのか分からなくなってくる。
「あのね。ちょっと今日は会ってほしい人がいるの」
というではないか。
「えっ? 誰なんだい?」
と聞くと、
「お友達なんだけど、男性の」
というではないか。
相手が誰だかは分かったが、どうして、今のタイミングでこの俺に会わせようとするのか、その考えが分からなかった。ここまでくると、もう考えではない。
「企み」
としか思えなかった。
考えれば考えるほど怒りがこみあげてくる。湧川は、すでに怒りを超越していたのかも知れない。
えれなの計略
えれなが約束しているという男性は、まず間違いなく今付き合っている男性であろう。えれなはどういうつもりなのだろう。
それまでの話がまったく飛んでしまうほどの、えれなの言葉に、湧川は、何をどうしていいのか分からず、こんな雰囲気を作ってしまったえれなに対して怒りを覚えたのだった。
それは当たり前のことであり、今、何を考えてもすべてが憶測でしかないということを感じると、まるで、
「豆腐の角で頭を打った」
かのような、痛みはないが、ジーンと響いてくるような感覚に、どう対応すればいいのか、思いつくわけもなかった。
しばらく、凍り付いたような時間が過ぎたが、その男はすぐに姿を現した。
彼女が付き合っている男性がいるというのは、風のウワサで聞いていたが、どこの誰なのかまでは、一切知らなかった。実際に現れたその男を見ても、初めて見る相手だったし、
「一体、こいつ、どこのどいつなんだ?」
とばかりに、知らないだけに、より挑戦的な気分になっていた。
「やあ、待たせたね」
と言って入ってきた男は、気さくそうに見えるが、その割に、堅実そうに見えるところが、
「いかにも、女性が好きになりそうなタイプだ」
と思うと、次第に腹が立ってきた。
「なぜ、俺にこいつを会わせるようなことを、えれなはするんだ?」
という思いである。
もし、現れた男が、もっといい加減そうな男で、別れるきっかけを湧川に与えてほしいと思っているのであれば分からなくもなかったが、この男を自分が判断するというようなタイプではないと思うと、今度は、逆を考えるようになった。
「まさかとは思うが、この俺の方が試されているのか?」
ということであった。
別れを言い出したのが、相手の男で、それを拒んでいるのが、えれなだとすれば、
「きっと、この男は、恋人関係を清算しても、友達としては普通につき合いたいと思っているんじゃないだろうか?」
と感じたのだ。
えれなという女性は、それほど器用な方ではない。好きになった人と別れたとすれば、その後も、友達として付き合っていけるかということになると、それは無理な気がした。
だから、彼女はきっと、その思いを盾に、別れたくないと言ったのかも知れない。
つまり、
「別れるのであれば、友達としての関係も解消する」
と言ったに違いない。
しかし、相手の男は、自分の立場からなのか、
「それは困るとでも言ったのではないか?」
もし、そうだとすれば、お互いにこじれたとしても、無理もないだろう。
湧川の方は、えれなの方の気持ちの方が分かる気がする。確かにえれなに対して贔屓目に見てはいるが、嫉妬という観点で考えると、
「別れた後、友達として、これからも」
というのは、本当に相手が好きだったのだとすれば、普通に考えれば、つき合っていくのは、絶対に無理である。
なぜかといって、別れた相手に、もし他につき合う女ができたのだとすれば、どうだろう?
それを友達として見続けることができるだろうか?
完全に気持ちが消えてしまっていれば別だが、一度は愛した相手であれば、どんなに気持ちが冷めてきたとしても、いざ相手に今まで自分がいたそのポジションに入ってこられるのを、我慢などできるはずもないだろう。
それを思うと、我慢などできるはずもない。
そう思うと、この男を自分に遭わせるというのは、
「この俺の品定めを、この男にさせようというのか?」
という疑念が湧いてくる。
確かに、えれなという女性は、そういう微妙な男心というものを分かっていない節がある。
というよりも、相手の気持ちを逆撫でさせるかも知れないということを考えないところがあるといってもいいだろう。
それは、誰のことを好きなのか、ひょっとすると、自分で分からなくなっている時ではないかと考えたこともあった。
しかし、それにしても、このやり方はあまりにもひどい。だが、もし、この男がさらにクズであれば、どうだろう。
クズというのは、頭の良し悪しではなく、その奥に潜む計算高さという意味だ。
そういう意味でいけば、この手のクズは、きっと頭がいいのだろう。
頭がいいと考えれば、この男がもし、本当にえれなと別れたいと思っているのであれば、えれなの性格を利用して、
「お前、他に好きな人でもいるんじゃないか? 俺がその相手を見極めてやろう」
と声を掛けたのかも知れない。
これがえれな以外の相手であれば、こんなことは言わないだろう。それだけ、えれなというのは操りやすく、下手をすれば、付き合い始めた時から、
「この女、別れを切り出した時、すがってくるかも知れないが、話しようによっては、意外と簡単に別れられる相手かも知れないな」
という計算ずくのところがあったのかも知れない。
それを思うと、えれなは、最初からこの男の手のひらの上で、ただ転がされていただけかも知れないが、えれなの方も空気を読めないところがあるので、因果応報とでもいえばいいのか、
「どっちもどっち」
ということであろう。
もちろん、すべては湧川の想像にすぎないが、かなりの確率で、
「想像が当たっているような気がする」
と感じているのだろう。
「私は、清水さとしというもので、えれなさんとお付き合いをさせていただいていた者です」
と、自分から自己紹介をした。
「させていただいていた?」
というところに引っかかったが、それには触れず、
「ああ、そうですか」
と、そっけなく受け流した。
言いたいことは山ほどあるが、言う言わないは別にして、言いたいことは最後に取っておこうと思ったのだ。
「今回、私がする仕事のプロジェクトにえれなさんが参加してくれたおかげで、仕事がうまく行ったので、そのお祝いをと思っていたんですが、彼女が急に、こちらで会ってほしい人がいるから、来てほしいと言い出しましてね?」
と言い出した。
「あれ? 何となく話が違ってきてはいないか?」
と、湧川は思ったが、確かにこれでは、別れ話とはまた違ってくるのではないか?
そう考えてくると、今度は別の考えが浮かんできた。