後悔の意味
本を読んでいる時間、本屋に行って、本の背を眺めている自分。本屋に行くのは、仕事が終わってから、帰宅時のことであろうか? スーツを着た自分が、本の背を見ている光景が思い浮かぶのだった。
そんな余裕が生まれた時、出会ったのがえれなだったのだ。
「精神的に余裕ができてくると、幸運というのは、向こうから寄ってきてくれるものなんじゃないかな?」
と言っていた人がいたが、その時の湧川は、それを身に染みて感じていたのだ。
湧川は、最初はえれなにつき合っている人がいることを知らなかった。しかし、会話をしているうちに、
「あれ? えれなさんて、誰かお付き合いしている人、いるんだろうか?」
と思い、思い切って聞いてみることにした。
しかも、それを自称:デートと言っている時に聞いてみた。
「えれなさんは、誰かとお付き合いしているんですか?」
と、ストレートに聞くと、えれなは照れ臭そうにしながら、
「ええ、いますよ」
と、
「当たり前でしょう?」
とばかりに答えたのだが、それは湧川から見れば、
「ああ、バレちゃったか?」
という、少し残念そうにも見えたのだ。
それは、あわやくば、誰も交際している相手がいないという意識でのお付き合いができればいいと思っていたのだろう。
「友達は友達としての付き合い」
それはそれで、悪いことではないが、それは、自分よりも相手が意識してしまうからだと思うからであって、実は本人が気づいていないだけで、一番意識してしまうのではないだろうか?
ただ、湧川は、別にえれなに彼氏がいても、自分は構わないと思っていた。
そもそも湧川というのは、
「人のものを取るのは大嫌いだ」
と思っていた。
好きになった人であれば、少し違うが、これから好きになるかも知れないという相手に誰かいれば、簡単に諦めが付くタイプだったのである。
人によっては、他に彼氏がいると分かると、却って意識してしまって、露骨に嫉妬や相手に対して競争心をむき出しにする人もいるだろう。だが、湧川はそうではなかった。
「俺のことを純粋に好きになってくれる人がいい」
というのが、大前提だったからだ。
他につき合っている人に、それを望むのは自殺行為である。もし、好きになってくれたとしても、結局その女性は、すぐに移り気してしまう女性なので、いつ自分も同じ目に遭うか分かったものではない。
「明日は我が身」
とは、まさにこのことであろう。
それを思うと、言い訳になるかも知れないが、
「他に誰か付き合っている女性を好きになることはしない」
というのが、湧川にとってのモットーとなったのだ。
そうしておけば、長い目で見た時、余計なストレスを抱え込むことはない。最初はショックかも知れないが、割り切るためには、いくつかの節目がある。湧川の性格であれば、比較的初期の段階で、抜けることができる。ショックは最低限にすることができる。
だから、えれなに対しても、
「彼女は友達なんだ」
と思うようになると、好きになりかかった自分の精神状態すら忘れることができるようで、デートというのを、自称にすることができたのだった。
えれなとは、主に趣味の話が多かった。彼女も読書が好きなようで、読むジャンルに違いはあるが、お互いに読書を、
「高尚な趣味だ」
と思っていることから、噛み合わない話題というわけではなかった。
具体的な本の話というよりも、
「趣味として読書をする」
ということの意義であったり、仕事のストレス解消という意味では共通しているだろうから、そういうところを話すのがお互いに好きだったのだ。
もっといえば、
「こういう話ができる人がほしかった」
という意識が強い。
えれなは、彼氏とはこんな話をすることはないというので、
「趣味の話ができるのはあなただけ」
と言ってくれたことで、えれなと友達になったことをよかったと思うのだった。
えれなは、ホラーのような話が好きだった。一時期流行ったホラーを読んでいたが、彼女に言わせると、
「ラノベとか、ケイタイ小説などというのは、読んでいて面白いと思わなかったんですよ。それで何だったら面白いかな? といろいろ読んでみようと、最初にホラー小説を読んだら、結構面白かったので、嵌ってしまったというのかな?」
と言っていた。
それを聞いて、
「ひょっとして、俺と似ているのかな?」
と感じたのは、
「人と同じでは嫌だ」
と感じている自分を重ねてみたからだった。
だが、重ねてみると、若干の違いがあった。
「どこが違うんだろう?」
と思ったが、彼女は人との正反対を意識しているようだが、湧川はそのようなこだわりはなかった。
「彼女の方が天邪鬼のような感覚があるんだろうか?」
と、まるで、自分が天邪鬼ではないと言いたいかのような言い訳に感じられるのだった。
湧川は、ミステリー系が多かった。
「ホラーが自分に合わなかったら、次はミステリーにしてみようかと思っていました。ミステリーは好きなんですが、それも、昔のドロドロしたような感じが好きだったんですよ。結局私は、恐怖ものが好きなんでしょうね」
と、えれなはいうのだった。
えれなと、小説の話をしている時は本当に楽しかった。彼女だという意識もあったが、
「彼女にしてしまうと、ここまで仲良くすることはできないような気がするな」
と感じた。
そんなえれなが、
「彼氏と別れたみたいよ」
というウワサが流れていた。
えれなもそんなウワサの存在は知っているようで、敢えて否定はしていない。
否定しないということは、信憑性があるのだろう。彼女としては、
「付き合ってもいないのに、つき合っている」
と言われるのと、
「付き合っているのに、つき合っていない」
と思われるのでは、当然前者の方がきつかった。
だからこそ、彼女が否定しないのは、
「別れているからなのかも知れない」
と感じたのだ。
ただ、何か引っかかりがあるのか、完全に別れられていないように思えた。それがあるから、ウワサが流れてから、よく湧川に誘いがあるのだろう。
相談したいと思いながらも、なかなか踏み出すことができない。その思いがあるので、一度うまく切り出せないと、ズルズルと余計な話をしてしまうのは、仕方のないことだろう。
えれなは、別れたのか、別れていないのか、曖昧な態度を取っているので、
「本当は聞いてあげる方が親切なのか?」
と感じたが、それは、違うと思うようになっていた。
言いたいのかも知れないが、切り出すことができないというのであれば、聞いてあげるのもいいのだろうが、それはあくまでも、
「切り出すタイミングが分からない」
という場合に限ってのことではないだろうか?
それを思うと、なかなか切り出すことができないでいた。
本当に切り出すことができないのか、切り出すタイミングが分からないだけなのかというのは、天と地ほどの違いがある。ただ、見た目はよく分からない。そう思うと、いかに対応すればいいのか、それを考えるのが、難しいところであろう。