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真実の中の事実

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「僕がまわりに対して、必要以上に低姿勢で、へりくだっているように見えるでしょう?」
 と、加藤が言ったことがあった。
「うん」
 と、ハッキリ佐伯も答えたのだが、それは、加藤という男が、まわりから見られるような、そして自分からいうような、腰の低い男には見えなかったからだった。
 どうやら、加藤は、自分に結界が見えるようになってから、いかに立ち回ればいいのかということを悟ったのだろう。
 だから、和代に対して、
「決して彼氏にはなれないが、彼氏にも作ることのできない結界を、この俺は作ることができるんだ」
 と感じたのだ。
 だから、自分の立ち位置を、
「彼氏ではない。一番近い存在」
 として君臨することを目指すようになった。
 だから、加藤としては、
「自分の存在は、和代が決めてくれる」
 と思っているようだ。
 だからこそ、和代のことは自分が一番よく分かっていると思っているらしく、そんな中で、
「今となっての僕の自慢なんだけど、高山さんに一番最初に告白したの。この僕だったんだよ」
 というではないか?
「後藤さんよりも早く?」
「うん、後藤さんには悪いと思ったんだけど、すでにその時は二人の関係性は見ていて分かった気がしたので、ここで告白しないと、二度とできないと思ってね。だから、玉砕覚悟ではなく、玉砕だったんだ」
 と加藤は言った。
「それで、彼女はどういったんだい?」
 と佐伯が聞くと、
「驚いていたよ。まさか加藤君が最初だとは思わなかったってね。でも、すぐに、ごめんなさいと言われたよ。で、僕が、後藤なのかって聞くと、その時はまだ決めかねているといっていたんだけど、その通りだったと思う。だから言ってやったのさ。俺を振ったんだから、ふさわしい相手を彼氏にしてほしいってね」
 と加藤が言った。
 今の加藤からそんな背伸びするような言い方ができるようには思えなかったが、もし言ったのだとすると、一世一代の口上だったんだろうと思ったのだ。
「それで、彼女は後藤さんのところに行ったのかい?」
 と聞くと、
「そうじゃないんだ。彼女は、僕に気を遣ってか、なかなかうまくいかない、それは後藤の方も同じで、あいつがここまで友情に厚いやつだとは思ってもいなかった。お互いに俺に遠慮しているのか、一歩踏み出せなかったんだ。だから俺が、二人の背中を押してやったのさ。だから、今の俺の立ち位置がこうなっているのであって。俺はいつも、人にばかり気を遣っているような人間になってしまったんだな」
 というのだった。
 さっきまで、
「僕」
 と言っていたのに、いつの間にか、
「俺」
 に変わっている。
 自分に対して見方を変えると、ここまで人間が変わってしまうのかと思うほどであった。
 そういう意味で、加藤という男、少し怖い気がした。何と言っても、和代を含む三角関係の頂点をすべて知っている人間だからである。
 しかも、加藤は誰の味方でもない。敵は誰かと聞かれると、
「和代を不幸にするかも知れない」
 と思われる男である。
「じゃあ、和代の味方なんじゃないか?」
 と聞かれたりすると、そうではないような気がした。
 それは、あくまでも、一度自分を振った女性だからである。つまり、ここで加藤という男のプライドがにじみ出てくるのだった。
「決して、和代の味方ではないが、自分をフッた和代を不幸にする男は許すことができない」
 というのが、佐藤のプライドである。
「必ずしも、和代の味方ではない」
 というところが、加藤という男の特徴であった。
 だからこそ、加藤には、あれだけ人にへりくだったような態度を取ることができるのだろう。
 普通であれば、プライドが邪魔をして、そんな気持ちになれるはずがないからだ。
 加藤は、まだ支店でくすぶっているが、後藤は転勤して行った。この二人の関係を知らないだけに、和代という女性が、自分が一目ぼれするに値する女性なのだと気が付いた。
 そんな和代は、加藤から、ショッキングなことを聞かされるが、それは、後藤のことだった。
 後藤という人間が、すでに会社を辞めたという話は、和代から聞かされた。会社を辞める時に、後藤から連絡があったというのだ。ただ、その時が本当に最後で、それ以降はまったく連絡もなかったといっている。
 その言葉に間違いはなかっただろう。加藤からこの話を聞かされてから、少しの間、ショックだったということだ。
 なぜ、加藤がいまだに後藤と連絡を取り合っているのかというと、
「もし、後藤さんが、高山さんの近況を知りたいということであれば、俺が教えてあげることはできるが、そのかわり、絶対に高山さんの目の前には現れないと約束させていたんだ」
 と、加藤は言った。
「どうしてそんなことしたんだい?」
「これでも、後藤さんとは親友の仲だからね。だけど、僕はあくまでも、高山さんのことが最優先だから、そういう約束をしたのさ。だけどな、後藤さんは、会社を辞めてから一度も高山さんのことを聞きたいと言ってはこなかったんだ。だから、今回のことだって、本当は教えない方がいいかもと思ったんだが、このまま何も言わないのは、この俺が後悔することになる。それは俺自身のことでもあるが、高山さんのことに関してもだよ。だから、思い切って話すことにしたんだ」
 と加藤は言った。
「佐伯さんだったら、どうする? 俺の考え方を間違っていたと思うかい?」
 と言われ、
「いや、俺には正しいとも間違っていたともいえない」
 というと、
「何言ってるんだよ。今一番高山さんについていてあげないといけないのは、君じゃないか? 俺がついていてあげたいと思ってもそういうわけにはいかない」
 と加藤は言った。
「俺はその覚悟を持っているつもりだ。和代が、今までに何度も俺と一緒にいることに自信がないといってきたのを、必死になってつなぎとめてきたんだ。当然それだけの覚悟と勇気は持っているつもりだ」
 と、佐伯はいう。
「だったら、佐伯さんにだって、俺がどういうつもりで彼女にこのことを話したのか分かってくれるだろう?」
 と言って涙まで流している加藤だった。
 そもそも、加藤が、後藤のことを、和代に伝えたことで、和代は少し精神的にショックを受けたのだ。
 その内容を和代は話そうとしなかった。
 佐伯が和代のことで一番気になってしまうのは、
「自分が知らないところで、何か和代が思い悩む」
 ということだった。
 今回のように、何も言わず、ただショックで、自分と顔を合わしたくないということを言い出すことが、一番不安に感じることだった。なぜなら、
「自分が信用されていないのではないか?」
 と思うからなのだ。
「加藤君は、何か知らないかい?」
 と言われ、最初は口をつぐんでいたが、その様子を見る限り、
「何も知らないということはありえない」
 ということであった。
 まさか、後藤という人とまだ繋がっていたとは思ってもみなかったが、それよりも話を聞いて、
「それを和代に話したのか?」
 と言って、言及したのだった。
 その回答が前述のようなことだった。
「それだったら、分かる気がする」
作品名:真実の中の事実 作家名:森本晃次