真実の中の事実
「先輩も、人に教える気はなく、ただ、マニュアル通りのことを言っているのだろうか?」
と思ったが、実際に自分が営業に回り始めると、
「俺が後輩をもっても、同じことをいうだろうな」
と思った。
要するに、どういう言い方をしても、帰ってくるところは同じだということなのだ。
和代とは、よくドライブに行った。城跡や、城下町など、和代も好きだと言っていたので、そのあたりは、佐伯とは趣味が合うといっていいだろう。
「前付き合っていた人も、こういうところが好きだったのよ」
と、よく和代は言う。
「付き合っていく自信がない」
といっていたくせに、元カレの話は、控えるということをしない。
これが、和代の性格なのだろうか。確かに元カレの話を露骨に話されるのは嫌だが、思わず口にしてしまったことを、ハッと気づいて、気まずいと思い、ぎこちなくなってでも、話をやめようとされるよりもマシに思えた。
だから、和代を見ていて、
「天真爛漫な性格なんだな」
と考えることで、自分が合わせてあげることが一番いいことなのだと考えるようになったのだ。
この会社で、一番いろいろ話ができる人が、倉庫で仕事をしている若い兄ちゃんだった。
彼は、名前を加藤君といい、彼は地元の高校を卒業し、この会社に入社して、四年目だという。だから、年齢的には一つ下ではあるが、会社では大先輩。お互いに気を遣いあってるが、結構気楽に付き合うことができた。
加藤君がいうには、
「今まで新入社員できた連中は、皆、変なプライドを持っているので、なかなか皆になじめなかったんだよな。その点、佐伯さんは、気さくなので、馴染みやすいよ」
といわれたが、
「そんなことはない。自分に自信がないだけさ」
といって笑ったが、
「自信がない? これって和代が言ったセリフそのままじゃないか?」
と感じた、
そういうところで、和代と自分の共通点があるとは思ってもみなかった。
加藤君と話をするようになって、自分と和代の共通点が、少しずつ分かってきたような気がしてきた。
「佐伯さんが、高山さんを好きだというのは、僕も結構早いうちから気づいていたんですよ」
と言い出した。
「どうしてですか?」
彼が何を言いたいのか、聞いたその瞬間にピンときたが、言ってしまった以上、言葉を撤回することはできなかった。案の定、
「実は、僕も昔から、高山さんのことが好きだったんだよ。たぶん、彼女には男性を引き付ける何かのオーラのようなものがあるような気がするんだ。佐伯さんは、そう思いませんか?」
といわれて、
「そんなことはわかっていたつもりだったんだ。だけど、それを認めたくない自分がいるんだ」
と自分に言い聞かせたが、加藤君には、
「確かにその通りだね。まあ、僕もその一人だったということかな?」
といって、曖昧な笑顔を見せ、まるで他人事のように言った。
ごまかしたつもりだったが、ごまかしきれないと、加藤君の笑顔を見て確信したことから、
「どうして分かったというんだい?」
と聞くと、
「高山さんも佐伯さんの視線をよく分かっていて、意識していましたからね」
というではないか。
「えっ? 意識されていたの?」
「うん、あの高山さんの雰囲気は、意識しまくりだよ。だけど、それを分かっているのは、僕と、佐々木さんくらいかな?」
と言って、すぐに口をつぐもうとした加藤君だったが、もうすでにおそかった。
ただ、この時の加藤君の態度は明らかにわざとらしさがあった。
佐々木さんという名前に聞き覚えはなかったが、それだけにピンときたといってもいい。きっと、皆この名前は禁句だったのだろう。
特に、和代と、佐伯の間ではである。
ということになると、佐々木というのは、和代の元カレということであろう。加藤君が分かるくらいなのだから、元カレだったら、当然分かっても当然だからである。
それにしても、加藤君というのは、今でも和代のことを好きなのではないだろうか?
和代のことを好きでいて、それで諦めようと思い、そして諦めることで、彼女を応援しようと思っているのかも知れない。
だから、彼女を幸せにしてくれるかも知れないという佐伯に対して、好意的であり、同情的でもあるのだろう。
だが、逆にいえば、もし、佐伯が和代を不幸にするようなことがあれば、彼は完全に敵に回ってしまうだろう。
「この世の中、何が起こるか分からない」
それを思うと、あまり加藤のことを信用してはいけない。
なぜなら、立場が悪くなってしまい、それが和代との間でのいさかいであれば、必ず、加藤は、知っていることを暴露して、佐伯を潰しにかかるだろう。
もし、それで加藤が自分の立場を悪くしても、佐伯を奈落の底に叩い落すことができるのであれば、心中くらいはできる男ではないかと思うのだ。
それを考えると、これほど厄介な男はいない。いろいろ利用できるかも知れないと思い、全面的に信頼してしまうと、一歩間違えると、簡単に裏切られてしまう。昨日まで、一番話しやすいと思っている相手が、急に一番厄介な人間になってしまうのだ。これは、どうしようもないことなのであろう。
だが、今はこの加藤を使って、今まで自分の知らなかったことを教えてもらえるチャンスでもあった。
加藤との話を聞いているうちに、きっと、和代の自分には見せない性格というものが、浮き彫りになるだろうと思っていた。
ただ、和代は、佐伯と加藤が仲良くなったのを見て、どう感じているだろう?
「加藤君から、きっと、あの人のことを聞きだすだろうし、私のことだって聞くことになるだろう。それはそれでいいと思うんだけど、加藤君は、私のことを、どう思っているのだろう?」
と思っていた。
加藤が、最初に自分に告白してくれた日のことを、和代は思い出していた。
明らかに玉砕覚悟だった加藤だった。
和代の元カレは、名前を、後藤武則という。
後藤と加藤は、後藤が大学卒業しての入社だということだが、入社年は同じだった。和代はすでに入社していて、後藤と加藤は、同じ入社年ということですぐに仲良くなったが、お互いに、
「高山さんってかわいいよな」
と、後藤が言い出したことをきっかけに、二人は、
「恋のライバル」
になったのだった。
二人の気持ちは、それぞれデッドヒートしていたようで、どちらかが先に出れば、どちらかが巻き返すという、まさにシーソーレースの様相を呈していた。
そんな時、いきなりブレーキを掛けたのが、加藤だったという。
二人は見た目、別に恰好がいいというわけでもなく、頼りになるという雰囲気ではなかったというが、和代はそんな人よりも、
「気楽に話ができる人」
がタイプだったという。
加藤がブレーキを掛けたことで、後藤が和代と射止めたわけだが、どうやら加藤は、
「後藤さんには勝てない」
という思いを感じたという。
それは、年齢というのもあったが、二人が話をしている話題に、自分が入っていけないということを知り、そこに結界があることを悟ったというのだ。
その思いがあることで、その時から、
「僕には結界が見えるんだ」
と感じるようになったという。