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真実の中の事実

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 しかし、和代の心境は計り知れないが、少なくとも佐伯にとっては、毎日が有頂天だった。
 一目ぼれした相手とデートをして、一度は、
「自信がない」
 と言い出した相手に対して、必死になって説得を行い、交際をスタートさせた。
 必死になっていたのは、内面的な気持ちだけで、できるだけ表面上は、
「大人の対応」
 をしたつもりだったが、果たしてそれがよかったのかどうか、自分ではよく分からなかった。
 もっと激しく、しがみつくように、必死になればよかったのかどうか、それは分からない。自分の中で、もしうまく行かなくても、
「やり切った」
 というような、満足感のようなものは残るだろう。
 だが、その思いが相手に対して本当にいいことなのか、自分の気持ちを伝えるという意味で、それが一番いいことなのかを考えると、自分なりに納得のいかない部分もあった。
 和代という女性を、今は何事もなく、お互いに有頂天の状態で付き合っていると思っているからだったが、あまりにも順風満帆なので、怖いくらいだった。
 あの時、和代が、
「一人になると、果てしなく一人」
 というようなことを言っていたが、その気持ちは、佐伯には十分すぎるくらいに分かっていた。
 だが、有頂天になっている時の佐伯には、そんな一人キリの孤独感を味わうことはなかった。
 それだけに、自分の中で、無意識に溜まっていく、孤独の恐怖というものを感じることができなかったのだ。
 それが漏れ出したのが、和代と一緒でない、つまり一人になった時の寂しさというものを徐々に記憶の奥からはみ出してくるのを感じたからだ。
「何で、今頃こんな気持ちになるんだ?」
 と感じた。
 その感覚は、学生時代の、
「最初から俺は孤独なんだ」
 という思いとは違っていた。
 有頂天から、一気に転がり落ちるような感覚は、最初から築き上げられたものとは基本的に違う。
 とは言っても、一気に転落はするのだが、地面に叩きつけられることはなかった。
「むしろ、叩きつけられた方が、マシだったのかも知れない」
 という、おかしな感覚にもなっていたのだが、どうしてそう感じるのかというと、
「和代という一人の女性の存在が紛れもなく、そこに存在しているからだ」
 と感じたからだった。
 その時、思い出したのが、最初に彼女を見た時の、一目ぼれの感覚だった。
「かわいいと感じたのに、その中に、凛々しさがあり。そのくせ、動きがどこかぎこちない。それこそ、彼女が自分を分かってもらいたいという気持ちと、知られたくないという部分を孕んでいて、さらに初めて感じたその気持ちに、緊張が漲ってしまったという複雑な心境が、彼女にあのような雰囲気をもたらしたのだろう」
 と思わせた。
 そこに一目ぼれしたわけだが、これこそ運命ではないだろうか? 相手が望んでいることを自分が一瞬にして理解したのだと思うからだった。
 本当は勘違いかも知れないが、一目ぼれしたあの瞬間の感覚だけは、勘違いではないと、数十年経った今でも思っている。
「ある意味、あの瞬間が、絶頂だったのかも知れないな」
 と感じた、一目ぼれの瞬間だった。
 会社では、なるべく普通にしているつもりだったが、この会社では、
「基本的に皆社内恋愛による結婚だ」
 という。
 さすがに、中途半端な都会だといってもいいだろう。特にこの街の特徴は、
「島国根性がしみついている」
 ということであった。
 なるほど、最初は、皆都会から来た自分たちのような新入社員を珍しがって、好意と尊敬の念をもって接してくれているのだろうと思ったが、大きな間違いだった。人懐っこさがあったのは最初だけで、次第に興味が薄れてきたのか、話しかけてくれる人は少なくなった。そのうちに、挨拶も、こちらからしないとしてくれないようになり、最後には、こちらから挨拶をしても、無視されるようになった。
「俺が一体何をしたんだ?」
 と考えたが、考えられることは、和代のことしかないだろう。
 これだって、最初はまわりがお膳立てをしてくれたのであって、気が付けば、皆が応援してくれているかのようだったのに、最近うまくいくようになれば、まったく無視するようになった。
 だから、和代のことではない気がする。
 となると、最初から自分に興味があったわけではなく、都会から来た新入社員に興味があったのだろう。
 しかも、かつての社員で、まともだった人はここ数年いないではないか。まともに見えていることで、興味を失ったのかも知れない。
「都会から来た坊ちゃんや、新人類(当時はそう呼ばれていた)に対しては興味があるけど、凡人は、ただ面白くないだけだ。何か問題でも起こしてくれないだろうか?」
 とでもいったところだろう。
 そんな状態において、一番露骨に感じたのが、パートのおばさんたちだった。
 あれだけ、いつも話しかけてくれていた人たちが、和代との仲が落ち着いてくると、一切何も聞いてこなくなる。
「アベックの仲を勘ぐるのは、野暮がすること」
 といってもいいのだろうが、かといって、ここまで態度が豹変すると、完全に、あきられてしまったのだということが分かるというものだ。
 自分が次第に孤立していくのを感じた。
「そういえば、転勤してきた最初の日、営業の人は誰一人としてこっちのことを気にするそぶりを見せなかったではないか」
 と感じた。
 あれが、本当の気持ちであり、これまでの態度は、都会から来た人間が、自分のライバルになったり、自分の出世の妨げになったりするのは困るという考えから、こちらを見ていたのだろう。
 そう思うと、ここ数年の間に何人かの新入社員が、謎の行動に走るというのも分からなくもない。
 前にいた支店ではそんな話を聞いたことがなかったので、この支店には、他の支店にはない、何か特殊な雰囲気が根付いているのではないだろうか?
 それを思うと、中途半端な都会が、どれほど長く、そこに住んでいる人に染まっていくのかということが、今さらながらに分かる人も結構いるだろう。
 営業社員などは、数年で転勤していく人が多いという。その支店に、3年以上いる人は、今のところ、半分くらいであった。それなのに、すでに染まっているのを見ると、営業活動で、地元の人と相手をすることが、どれほど難しかったのかということを表している。
 そういう意味で、和代と別れることになったという先輩社員だが、他の支店に配属になったというのは、いいことではなかっただろうか?
 いくら別れたとはいえ、今までずっと付き合っていた相手がいる中で仕事をしなければいけないということがどれほどつらいことなのかということを、分かった気がしていたのだ。
 営業の仕事がどのようなものか、今はまだ見習いの状態だった。
 正直、自分ひとりで営業しなければいけないとなると、何をすればいいのか分からない。手土産でももってくればいいとでもいうのか? テレビなどで、営業というと、
「最初は顔つなぎで、実際に商品の営業までには数回通わなければいけない」
 といっていたが、ここで見習いとしてついて回っているときにも、まったく同じことを言われた。
作品名:真実の中の事実 作家名:森本晃次