真実の中の事実
ただ、問題は、そんなことがあったのに、前は3年もあったのに、今回はそれよりも短い2年という期間だったのがどういうことなのか、よく分からない。佐伯は、まだ転勤してからすぐなのに、よくこんな話をしてくれたということが、不思議でもあった。
ただ、この支店の呪縛は、これだけではなかった。
その話をしてくれたのは、佐伯が和代と初めてのデートをする少し前だった。
この話を聞いたからこそ、佐伯は、和代とデートに踏み切ったのだし、和代が、今回自分をどうして待っていたのかということも想像がついたといってもいいだろう。
今までの自分の経験から、
「あなたとはお付き合いはできません」
と言われるに違いないと思った。
しかも、理由は聞かないでほしいと言われるに違いないという思いまであった。
今まであれば、
「そっか、そうだよね。じゃあ、しょうがないか」
と、しょうがないわけではないが、ダメなものはダメだと思うと、諦めは早い方だった。
自分という人間が、それほど器用ではなく、それだけに早く立ち直るにはどうすればいいかということを考えるのが一番だと思うのだった。
だが、和代の過去について聞かされていたので、
「今回だけは、簡単には諦めきれない」
という思いが強かった。
本来であれば、社内恋愛なので、ダメならダメで、先に進む方がいいに決まっている。それができないのは、社内恋愛であろうが何であろうが関係ない。自分が初めて、一目ぼれした相手だということと、さらに、聞いた話とが頭の中で、シンクロしたからではないだろうか。
和代の過去というのは、和代には、この支店に勤務していた営業の人と、結婚寸前までいっていたということだった。
和代の父親が、彼女の小さい頃になくなったという話は聞いていたが、その営業の人も同じように、母子家庭で育ったということだった。
そんなこともあってか。いや、そのエピソードがかなり大きかったのではないかという話であったが、二人の仲は、誰もが、
「間違いなく、結婚するだろうな」
と言われていたという。
実際に、二人の親への説得もうまく行ったということだったのだが、その後何があったのか分からないが、急に破局を迎えたという。
そして、二人はまわりから見て、
「あまりにもあっさり」
と別れてしまったという。
二人はほとんど話をすることもなく、ぎこちなくなってしまい、そのうちに、男性は別の支店に転勤になったという。
実は、それが去年だったというではないか。
「そんな曰くつきの、呪縛に見舞われたような状況の支店に、よりによって、この自分が転勤になるなんて」
と呟くと、
「そうなのよね。私にもそれが疑問でね。パートさんたちの間でも、さすがに誰も納得できるような理屈を唱えることができる人はいないようで、どうしてなのかと思っていたんだけど、でも、考え方としては、彼女の傷を癒してくれそうな人が現れたんだって、私たちは思ったの。だけど、このことをまったく知らない相手に、彼女を押し付けるのは、ひどいと思って話をしたのよ。何も知らない相手を近づけるのって、やっぱり押しつけになってしまうからね」
と、パートさんはいうのだった。
たぶん、パートさんは悪気はないのだろう。普通に彼女にも恋愛してほしいという気持ちも強いに違いない。この話を聞いて引き下がるような相手であれば、これ以上は進めないということなのだろう。二人とも不幸になるのが、明らかだからであった。
「でも、どうしてダメになったんですかね? いろいろなパターンが考えられると思うんですが、彼女から断ったパターン、彼から断ったパターン、それに、まわりの状況に二人がもう続けられないということで、お互いに納得する形で別れるパターン、納得はいかないけど、まわりの状況が許さなかったパターンとですね」
と、佐伯がいうと、
「確かに、そのどれかなんでしょうが、私たちから見て、どちらかだけということではなかったようですよ。どちらかというと、まわりの状況が許さなかったという感じかも知れないわね」
「じゃあ、納得ずくのことだったんですかね?」
と聞くと、
「それは少し違うみたい。特に、男性の方が、少し未練があったように思うわ」
という。
「じゃあ、転勤というのは、いい機会だったんでしょうかね?」
というと、
「うーん、何とも言えないけど、ただ、彼が転勤していってから、高山さんは少し情緒不安定になったみたい。別れてぎこちない時は、見ていられないと思ったけど、彼が転勤していなくなると、これで忘れられるんだろうなって思ったのに、どうも客効果だったみたい」
というではないか。
そこで、佐伯は考えた。
「ということは、彼女は、彼がいたから、何とか精神が保てたのかも知れない。でも、それが果たして彼である必要があるのだろうか?」
とも考えた。
彼という人間に焦点を当てれば、せっかく結婚寸前まで行っていたにも関わらず、それが果たせなかったと考えた時、今後進展することのない好きな相手が目の前にいることほど辛いことはないはず。それなのに、いなくなってからの方が情緒が不安定だったといううことは、彼女にとって、相手は誰でもよかったのではないか? とも考えられるということである。
だが、その思いはかなり後になってから思ったことであり、その時に思っていたかどうか疑問だった。
それよりも、
「彼女を絶対に手放してはいけない」
という思いが強くなったのだが、それは、前もって話を聞いていたからで、もっと深く考えていれば、ここまで深入りすることはなかっただろう。
確かに一目ぼれであったが、彼女の中で、
「相手は誰でもいいんだ」
などというものがあったとすれば、本当に好きになったのかどうか分かったものではない。
その思いがなかったからこそ、一度好きになってしまったものを、諦めることができないというのも、そして、彼女の魔力にやられるということもなかっただろう。
そう、彼女には魔力があったのだ。
「人間には、一人運命の人がいて、その人の魔力に引き付けられることが、絶対にあるはずで、それがうまく行った時、結婚というゴールを迎えることができ、そこからの人生を歩むスタートラインに立てる」
というものだ。
ただし、これはスタートラインに立っただけで、決して、その後の人生を保証するものではない。
その運命が人生を左右するほどの力があるのだとすれば、
「人生って、そんなに甘いものではない」
ということをいう人もいないだろう。
人生にはたくさんの運命や、節目、つまりターニングポイントがあり、それを掴むか掴まないかで先が決まってくる。逆にいえば、最初のターニングポイントを逃してしまったといっても、それで人生が終わりというわけではない。
その後にも、たくさんのターニングポイントがあり、それが、救済措置でもあるのだろう。
それを思うと、
「一度や二度の挫折くらい、何でもない」
という、無責任にも聞こえる言葉も、信憑性を帯びてくるというものである。
二人は、そのタイミングを目の前で逃してしまった。
「これも運命だ」