真実の中の事実
という信憑性に欠けるところが少ないような気がしたので、その人のいうことは、ある程度まで、納得のいくものだった。
実際にそれだけ、話の筋が通っていたので、
「まんざら嘘ではない」
というところであろうか?
彼女がいうには、この支店は、結構、新人が研修を受けてからの子が赴任されることが多いということであった。
というのも、ここの支店長は、以前、本部で総務課長をしていたという経歴もあり、新人営業マンが、その支店長の元で新たな出発を切るというのが、恒例になっているようだった。
それも、以前は、
「将来有望な新人」
という条件がついていたので、この支店にやってくる新人には、支店の営業社員も、スタッフも、それなりに気を遣っていたようだが、ここ、5年くらいの間では、そんなことはなくなっていたという。
最初に何かがあったのは、5年前のことだったという。
その人は、取引先の社長の息子で、いわゆる、
「御曹司」
だという。
当時は、家業を継ぐには、最初の何年か、取引先や同業の会社に入社して、そこで経験を積んで、自分の会社に戻ってきて、社長候補として君臨するのが常識のようだった。いわゆる、
「ご奉公」
という感じであろうか。
その方が、双方にとって利益があるということでの、暗黙の了解となっていたのであった。
だが、本人がどのような意識があったのか、家業を継ぐのが嫌だったのか、そもそも、こういうシステムに嫌気を刺していたのか、単純に人間関係に挫折したのか、佐伯と同じように研修を終えて、ここに赴任してきたという。
赴任してから、3カ月目くらいであったのか、急に失踪したという。いろいろ探してみたが見つからない。休職扱いということにしたが、ある日ひょっこり、実家の会社に戻ってきたという。
もちろん、退職願を提出してのことだったようで、その時点で会社とは関係のない人間になったということだが、結局、そのすぐあと、実家も出て、別の、まったく違った職に就いたという。
「どうやら、別にやりたいことがあったんでしょうね」
ということであったが、それくらいなら、どこにでもある話ではないだろうか?
ただ、この人が意図したことではないだろうが、最初の道を作ってしまったのは、事実なようで、次に問題があったのは、2年前だったという。
その2年前に何が起こったのかということを、話そうと思うが、それまで頻繁に新人がこの支店に赴任してくることになっていたのに、3年空いてしまったというのは、やはり、5年前の問題があったからだろう。
しかし、2年前というのは、ほとぼりが冷めたということと、そもそも、その時の事件は、本人が、御曹司だったという事情があったことから起こったことだという認識であった。
だから、また新しい新入社員が入ってきたのだろうという話であったが、実は、2年前のこの時の方が内容としては深刻だったという。
その社員は、非の打ちどころのない人だったようで、大学も有名大学をそれなりの成績で卒業していて、入社試験も研修においても、他の新人たちとは比較にならないほど、優秀だったという。
それは、支店においても、皆が認めることであり、本社でも、そのあたりは間違いないということで、この支店にて、
「有望社員」
としての英才教育を受ける予定にしていたという。
しかし、赴任してから何が起こったのか、本人にしか分からないようだが、事実としては、赴任してきてから、2カ月目だったというが、
「海に入った」
ということであった。
それが、自殺だったのか、事故だったのかということは、本人が頑なだったようで、ハッキリとはしないのだが、自殺の可能性も大きいのだという。
本人は幸い、まわりにいた人から助けられ、救急車で運ばれたので、命には別条がなかった。
その代わり、一時期記憶を完全に失ってしまっていたようで、その時の事情は分からないという。しかも、記憶がある程度戻ってきてからも、その日の前後のことは、本人としては記憶が薄いのだという。
「何かのトラウマがあり、海を見ていると、衝動的に飛び込みたくなるということは、ありえることだと思います。ただ、本人がプレッシャーをかなり感じていたということは、記憶を失っている間の様子を見ている限りで分かります。ただ、それがどこからくるのかは分かりませんが、たぶん、このまま仕事を続けることは難しいでしょうから、精神科の方できちんとした治療を受け、さらにリハビリをしないと、社会復帰は難しいと思っています」
というのが、先生の診断だという。
会社側は、さすがに、ここから先は、家族と病院との話し合いということもあり、家族の希望もあって、退職するということになったのだという。
そして、その人が飛び込んだという、その場所は、この間、初めてこの街に来た時に行った防波堤だったというのだ。
「そういえば、飛び込みたくなるような衝動に駆られても仕方がないというような感覚に襲われたような気がするな」
ということを思い出した。
何か、初めてではない感覚を覚えたということを、さすがに人には話さなかったが、それが、あの場所において、飛び込みたくなる衝動のようなものを与える場所なのか、それとも、あの場所には、精神的に人間を追い込むそんな心理的なプレッシャーを与える魔力を持った何かがあるのか、そのあたりは分からなかった。
「でも、そんなことがあったのに、今年はその舌の根の乾かないうちに、どうしてこの僕をこの支店に配属させたんでしょうね?」
と、まるで他人事のように聞くと、
「それは分からないけど、だから、皆、また何かあったら嫌だという感覚があるから、あなたに対して、必要以上に気を遣っているんですよ」
と、おばさんは言った。
なるほど、そういわれてみれば、営業の人が、あまり関わりたくないという思いを強く持っているわりに、そのくせ、ずっと後姿を、見えなくなるまで見ているような感覚になるのは、そういうことだったからなのかと思ったのだ。
「でも、理解できるところは、結構あるんですが、どうしても、納得がいかないところもあるんです。それは、一口で言い表せるものではないと思うんですけど、どういえばいいんでしょうね。この土地には、そんな呪縛のようなものがあると思っていいんでしょうか?」
と、恐怖にも似たものがあった。
それはそうだろう。理屈も分かっていないのに、死のうとした人がいると聞いたのだから、それなりのショックがあるというものだ。
その人は、退院はしたという話だが、社会復帰まではしていないという。
もっとも、この情報も、このパートさんからだけの情報なので、どこまで信用できるか分からない。起こった事実だけは、信憑性がありそうだが、その後の経過や、事情などはそこまで信じていいのか、分かったものではなかった。
ただ、これくらいの話であれば、佐伯にとっても、内容が許容範囲だったことでもあり、
「自分でも、同じことを考えるだろうな」
ということであった。