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症候群の女たち

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「最近の恋愛小説というと、純愛というよりも、不倫などのドロドロとした小説が多いからではないか?」
 と思ったが、実はその傾向は今に始まったことではなく、恋愛小説というと、ドロドロした系の小説の方が結構昔から多かった気がした。
 純愛というと、どちらかというと、マンガのイメージが強く、小説で読もうとすると、どうしても言葉が難しくなってしまうという感覚があったのだ。
 そもそも、源氏物語だったり、枕草子などの物語が、恋愛小説というイメージなのかも知れないが、源氏物語など、ガチガチの不倫ものだったりするではないか? どうしても、純愛ものというと、マンガのようにビジュアルなものがないと、印象に残らないというべきか、ドラマなどで、恋愛ものという印象があるものは、どうしても、原作がマンガだったりするではないか。
 マンガ家でも、恋愛マンガといえば……、という意味で、ドラマでは、毎クール必ずその人の原作が、ドラマ化しているのではないか? と思うのだった。
 小説というのも、中にはドラマ化しているものもあるかも知れないが、それは、ライトノベルであったり、ケイタイ小説のようなものが多い気がする。
 ケイタイ小説やライトノベルというと、昔の2チャンネルや、ケイタイで読めるような形で、あくまでも読みやすさを強調するという意味で、無駄に空白が多いというイメージがあったり、顔文字などが、活字のように、本となっているという不思議な世界が広がっているものだった。
 そんな小説が、芥川賞や直木賞を受賞するなどと言った時、
「なんて時代になったんだ」
 と、ゆいかの親の世代では感じたことだろう。
 何と言っても、今の時代は、
「ペーパーレス」
 新聞も、小説も、スマホやパソコンで読める。
 だから前のように、毎朝の新聞を取る必要もない。当然のごとく、駅で新聞を買って、満員電車で新聞を読むという光景もなくなってしまった。
 何しろ、もう今駅では、鉄道会社がやっている売店はなくなってしまった。
 販売関係は、コンビニが代行してやっているので、少々の大きな駅でなければ、朝の出勤ラッシュで、新聞を買うということはできない。
「新聞が見たかったら、スマホで見ろ」
 ということであり、新聞屋さんは、早朝配達して回ってはいるが、昔のように、ほとんどの家に投函することもないだろう。
 そんなことを考えていると、
「世の中の風景も、かなり変わったものだな」
 と感じるのだ。
 以前であれば、大きな駅の近辺に、あれだけあった、本屋であったり、CD屋さんというのはほとんど見なくなった。
 電車の時間までの暇つぶしというと、駅構内の本屋で立ち読みというのが多かったのに、その本屋が今は存在しないのだった。
 それを思うと、本屋だけではなく、駅の光景が変わったと感じ、
「前の方がどれほどよかったか?」
 と感じることから、駅構内をリニューアルすると言われると、
「どうせ、しょうもないリニューアルしかしないんだ」
 と思うに違いない。
 本当に、売れるものしか、駅にはないということなのだろうと、思うのも、無理のないことなのだろうか?
 恋愛小説があまり興味の持てるものではないと思うと、ミステリーを読むようになった。
 それも、戦前の小説を好んで読む。それは、歴史で習った、昭和という時代を表しているからであった。
 昭和という時代には、中学に入った頃は興味がなかった。一般的に皆が好きで、れきっしドラマになりやすい時代に、ゆいかも興味を持ったのだが、大きく分けて、三つの時代ではないだろうか。
 まず最初は、12世紀後半の、自称・寿永の乱と呼ばれる、昔でいうところの、
「源平合戦」
 の時代である。
 なぜ、源平合戦と言わなくなったのかというと、保元の乱あたりから始めり、基本的には壇之浦までと言われる戦において、確かに基本は源氏と平家の争いではあるが、それだけではない。木曽義仲と義経の戦、さらには、義経と頼朝の追討軍との戦など、
「源氏同士の戦」
 というものが、結構あったりした。
 そういう意味でいけば、確かに源平合戦ではない。最近の歴史認識は結構シビアになってきて、発掘調査などが進んでいくうちに、今までの定説が、実は間違いであったということも少なくはない。
「いいくにつくろう鎌倉幕府」
 と言われた鎌倉幕府の成立年が諸説あってみたり、有名人の肖像画が、
「実は違う人物だった」
 というものも結構ある。
 厩戸皇子(聖徳太子)、源頼朝、足利尊氏、武田信玄、西郷隆盛など、誰もが知っていて、肖像画も名前を聞けば、想像できるような人たちばかりである。
 さらに、人の呼び名も同様に、その時代にはない官位だとかという意味で、聖徳太子を、厩戸皇子と呼ぶようになったりしているではないか。
 歴史というのは、確かに時代時代で認識が変わることもあるし、歴史書の発見や解釈ななどで、実は悪者だと言われていた人たちがその時代の流れで、次の時代で政権が変わったことで、それまでの時代のものを、ことごとく破壊するということも平気で行われてきた。
 だから歴史認識も、
「勝てば官軍」
 ということで、敗者の歴史は、それ以降抹殺されるということも仕方のないことであろう。
 特に徳川時代に入ってから、豊臣時代のものは、片っ端から壊されたという歴史がある。何といっても、大坂の陣がそれを証明しているではないか。
 さて、三大と言われる時代とすれば、次に興味深いのは、いや、一番人気と言ってもいいかも知れないのが、戦国時代から、安土桃山時代に繋がる、
「群雄割拠」
 と呼ばれた時代である。
 北条早雲(伊勢新九郎)や、毛利元就、斎藤道三などの台頭により、応仁の乱などで弱体化してしまった室町幕府に変わって、地方の守護大名が力を持ったり、国人や配下の武将が、守護大名に取って変わるということで生まれた戦国大名の群雄割拠において、いわゆる、
「国盗り合戦」
 が、行われた時代である。
 織田信長、羽柴秀吉の台頭、本能寺の変において、歴史は動き、羽柴秀吉によって天下統一がなされたのである。
 天下統一によって、戦国時代が終わり、織田信長の安土城、秀吉の伏見城(桃山文化)によって花開いた安土桃山文化、この時代は、それまでの
「戦うための城」
 というイメージを払拭し、大阪城、聚楽第を代表とした絢爛豪華で、天守閣を持った城が現れたりした。富が権力であり、秀吉の改革は、江戸幕府の基礎になったというほどしっかりしたものであったが、途中での秀次事件であったり、朝鮮出兵、あるいは、千利休切腹事件など、秀吉の暴挙があったことと、ハッキリとした後継者が、育つ前に秀吉が亡くなったことで、家康の天下が巡ってきたということであろう。
 ただ、秀吉個人で言えば、暴挙があったとしても、偉大な天下人であったということに変わりはない。
「戦のない平和な世界」「
 を築き上げたのは、まぎれもなく秀吉なのだからである。
 この時代は、個性豊かな戦国大名。あるいは、戦の奇抜さや、政治手腕に至るまで、興味深いことが多いのだ。
 さらにもう一つの時代というと、何と言っても、幕末であろう。
作品名:症候群の女たち 作家名:森本晃次