症候群の女たち
ちなみに、ここのカウンセリングには先生が何人かいるので、同じ先生に当たるかどうかは分からない。そういう意味で、ゆいか、まりえ、さくらと、それぞれの先生は違っていたのだった。
だから、さくらが、相談していたことを、まりえの先生が知るわけもない。ただ、
「フレゴリ症候群らしき患者がいるということくらいは、話をしていたかも知れない」
とも考えられるが、個人情報の保護などのコンプライアンスの問題で、人の秘密を軽々しく口にしてはいけないというのが、一切の考えだといってもいいだろう。
さくらが思っているよりも、まりえはある程度のことを知っているようだった。
今のところ、カウンセラーからの知識として、さくらの方が深いところにいるのだが、そのうちに、まりえが追いついて、次第にとってかわることになるだろうと思っていたのだ。
この考えは、
「カプグラ症候群」
にも、
「フレゴリ症候群」
にも共通していえることで、今はそれぞれ身に染みたものなだけに、どう解釈していいのか想像もつかなかった。
ただ、カプグラ症候群にあるような、
「替え玉」
という発想は、身代わりと置き換えてしまうと、少しニュアンスが変わってくるのではないだろうか?
替え玉と身替わりということでは、発想が違ってくる。
「替え玉というのは、あくまでも、そのとってかわられる人が主役であり、身代わりというと、とってかわる方が主役になる」
まりかは、自分の中で、
「さくらが考えそうなことは、こっちだって考えられる」
と思っていた。
まりえは、完全に、自分の方が上だと思っていて、それは、症状の面での大きさも、自分の方が、大きな問題を孕んでいると思っているのであった。
だから、
「さくらさん程度の病だったら、私よりも軽いだろうから、私の比ではないんだわ」
という、競争意識を持っているという、矛盾した発想を持っていたのだ。
さくらの方は、そんな意識はなく、まりえを意識することはなかった。ただでさえ、愛想笑いをするまでになってしまったのだから、本当にひどいものなのだ。それよりも、さくらが、違う人を意識しているということを、まりえは分かっていないのだろうか?
そんなさくらが、ゆいかと急接近していることを知った、まりえは、次第にゆいかに近づいていくのだった。
まりえは、別にゆいかのことが好きだというわけではないが、ゆいかの方では、近づいてきたまりえを、敵視しているように見えた。
それは、ゆいかの中にいる、さくらと一緒に生まれてくるはずだった、双子の姉妹が、ゆいかを操っているかのようだった。
ゆいかの中にいる女性は、実際にさくらのことが好きでも嫌いでもなかった。
「そんなことを考えてしまうと、私には、さくらのことをどう見ていいか分からない」
と思うからだった。
「前は、さくらは、私の存在について知ることはなかった。だから、私はちょくちょく、誰かに乗り移って、さくらを見守ってきたのだけど、最近、その存在に気づき始めたので、どうしていいか分からなくあった。だから、逆にあの子の近くにいて、その人の中にいるということがあの子は絶対に分からないという意識を持って、ゆいかさんの身体を選らんだの」
と、ゆいかの中の女性は言った。
「どうしてなんですか 普通だったら、もっと、さくらさんも知らない人に乗り移るものなんじゃないんですか?」
と、ゆいかに言われた彼女は、
「そんなことはないの。あの子は、フレゴリ症候群なんでしょう? それは、私が他の人、つまりまったく知らない人に乗り移って安心していたところに出てきた症状なのね。だから、それは私のせいだと思ったの。あの子を救うには、知らない人に乗り移っても、私だってあの子は認識してしまうのよ。だから、今度は逆に敢えて、知っている人に乗り移れば、あの子は、そのことには気づかない。しかも、あの子を憎んでいる、まりえさんという人が、そんな私が、ゆいかさんに乗り移っていることが分かってしまったんでしょうね。だから、彼女はゆいかさんに近づいた。でも、彼女はカプグラ症候群を患っているから、ゆいかさんに乗り移っている私に気づいて、それを恐怖に感じるようになる。私がまるで悪魔かなのかのように感じているんでしょうね ひょっとすると、ドッペルゲンガーのようなものに感じているのかも知れない。それを思うと、私は、まりえさんに対しても、悪い気がするんですよ。だから、まりえさんの前では表に出ていけなくなった。もちろん、さくらの前にも出ていけない。悪いと思っただけど、ゆいかさんの中に入ったままで、出られない自分がいるんですよ」
と、夢の中で、もう一人の自分だと思っていたその正体が、実は、さくらの双子の姉妹であり、生まれてくるはずだった魂だと知る。
そして、それが、
「もう一人の私」
ではない、本来の自分だと思えてくると、ゆいかは、
「何言ってるんですか。私はあなたがいてくれたおかげで、この世に生を受けることができた。それを知らなかったとはいえ、私は、自分が病気なのではないかと思い、カウンセリングを受けることになったんです。でも、そこにさくらさんがいたというのは、それはあなたの思惑何ですか?」
と聞いたので、
「ええ、実はそうだったんです。ゆいかさんは、元々生まれてくるはずだった魂がなかったので、私が入り込むことができたと思っていたんですが、実際には、あなたの中には本当の魂がいた。だから、一度あなたの中から離れたんです。でも、さくらの近くにいてあげたいという思いから、またあなたの中に入りました。今度は、あなたの裏の世界の性格として、表に出ないようにですね」
「でも、どうして戻ってきてくれたんですか さくらさんのためだけだったら、他の人でもよかったのかって思ったんですが?」
と聞くと、
「私が戻ってきたのは、あなたが、トラウマから、PTSDになりかかったのを見たからなんですよ」
「えっ? じゃあ、あの殺人事件現場を私が見て、それがトラウマになっていたことをご存じだったんですか?」
というと、
「ええ、でもね、あなたは憶えていないのかも知れないけど、実はあなたが、持ったトラウマはそれだけではないの。もっとショックなことがあったからなんだけど、その時表に出ていたのは私だったの。意識は私にあるわけだから、あなたは、そのことを知らない。だけど、トラウマだけが、あなたにのしかかることになったのね。私は、あなたにトラウマが増えたことを知らないまま、あなたの身体から離れたの。そうすると、あなたは余計に情緒不安定になって、まわりを避け、嫌われるようになった。これは全部私の責任なの。本当にごめんなさい」
というではないか。
ここまで聞くと、さくらもさすがに涙を流さないわけにはいかなかった。