症候群の女たち
「いいんですよ。私こそ謝らないといけないのかも知れない。あなたがずっと守ってくれていたのを知らずに、自分で勝手に引きこもりのようになってしまって、だから私はあなたがいなくなったのを感じた時、あなたに愛想を尽かされたのかと思ったんです。だから、まわりに愛想笑いをするようになったんです。そうすれば、あなたが戻ってきてくれるのではないかと思ってね」
さくらは、ゆいかや皆が思っているほど、人に媚びるような女性ではなかった。自分の意見や考えをしっかりと持っている人だったのだ。
それを知った彼女も、ゆいかに対してどれほどの感謝をしても、しきれないと思うのだった。
「私は、ゆいかさんを選んで、本当に正解だったんだわ」
という。
「私を選んだ?」
「ええ、そうですよ。あの時一番近かったのは、ゆいかさんだったんだけど、私が乗り移ることのできる候補は他にもいたの。でも、私は敢えて、ゆいかさんを選んだ。どうしてそうしたのかということまでは忘れてしまったんだけど、その思いが、強かったのは確かなの。だから、正解だったと言い切ることができるのよ」
というのだった。
「実は私は、今までにたくさん、自殺した人を見てきた。その中で、魂がうまくあの世に行けるように、案内のようなことをしていたのよ。それがあなたの身体を離れてからの私の仕事」
「それはあなたがしなければいけないの?」
「そういうわけではないんだけど、私のように、死んでから、あの世に行かずにこの世で彷徨っている人間は、誰かの身体に乗り移らない限り、彷徨っている魂を導く仕事をするのね」
「子供なのに?」
「いいえ、人間の身体を離れた魂に、大人も子供もないのよ。だから、人間のような成長は生きているこの世の人だけなの、だって、そういうことにしないと、いずれ年を取って死んでしまうことになるでしょう? それでは理屈が合わないので、この世でいうところの年齢という概念はないということになるの」
と、彼女は言った。
「そうだったんだ。じゃあ、あなたが私の身体を離れたのは、私が殺された人を見たからなのかしら?」
というので、
「そうね。それが大きかったかも知れない。その頃私なりに、あなたの身体にいることに疑問を感じていたからね。さくらを心配ではあったけど、どうすればいいのか、一度あなたの身体から離れて、見つめていく必要性を感じたというのが、その一番の理由だったといってもいいでしょうね」
と、彼女は言った。
彼女は、死んだとき、当然生まれ落ちることがなかったのだから、名前もついていなかったはずだ。それを思うとゆいかは、彼女がとても気の毒で仕方がない。それでも、自分が生きている証は、少なくとも、彼女の存在が大きいのは間違いのないことなのだ。
「私こそ、あなたに申し訳ないと思っているわ。それにあなたの気持ちを分かるのも、私しかいないという自負もあるくらい。だから、ずっと私の中にいてくれないかしら?」
と、ゆいかは言った。
「でもね。まりえさんのことも許してあげてほしいの」
「どういうことなんですか」
「実は、まりえさんが、今悩んでいる事情として、カプグラ現象があるって言ったでしょう? それは、私が原因だったの。私が、さくらのためにって、彼女に近づいてくる人に警戒心を持ちすぎたために、彼女に対して、幽霊のストーカー行為のようなことをしてしまったことになってしまったのね。だから、彼女は、カプグラ現象から、まわりの人が替え玉になってしまったと思い込んだ。だから、皆に対して、反抗的になったわけだけど、でも、それも彼女の性格なのよ。彼女が悪いわけではないのね」
「どうして、そんなにいろいろ分かるんですか? それもこの世をさまよっているからですか?」
「そんなことはないのよ。本当は最初に気づいたのは、さくらだったの。彼女は小説を書いているんだけど、彼女の書いている小説を見ていると、その内容が、ピッタリ嵌ったのよ。そこで、私もやっと、合点がいったというわけ。そしてね、さくらが書いている内容としては、まりえさんにも、同じような誰かが乗り移っているということなの、どっちかというと、ゆいかさんに対しての感情は、その自分の中にいる人が、感じたことなのかも知れない。
それがね、どうやら、さくらが見た殺人現場の殺された人だったらしいの。だから、さくらの存在を、まりえさんは必要以上に気にするの。自分の最期を見てくれた人だという意識があるし、自分のためにって思っているのかも知れない。だから、私の気持ちとはまったく違っているんだけど、さくらのためにって考えているのは間違いないみたい。彼女は、私に敵対心を抱いているので、今は難しいんだけど、でも、そのうちに彼女の供養をしてあげたいとも思うの。でも、なるべく早くしてあげないと、今のままだったら、この3人はずっと苦しむことになる。一人の人の成仏が、3人の女性のトラウマを一気に消してくれるのよ。私はだから、ゆいかさんには悪いと思ったけど、ゆいかさんの身体から離れることはできないの」
ここまでいうと、かなり疲れたのか、ゆいかの中の彼女は、少し黙り込んでしまった。
「このことって、本当に私だけが知っていることなんだろうか?」
と、ボソッというと、
「そんなことはないわ。さくらも、まりえさんも、少しは分かっている。でも、だからこそ苦しいのよ。知るなら知るで、すべてを知らないと、生半可な状態というのが一番苦しいの。それを思うと、本当は早く何とかしてあげないといけないのよね」
と、彼女は言った。
「分かったわ。私も一生懸命に協力する。だから、一緒に考えましょう」
というと、彼女はかなり疲れ果てたのか、睡眠状態に落ちていった。
もうあれから、十年近くの歳月が流れた。3人は彼女の言う通り、なるほど、殺された人が成仏できたことで、一気に救われた。
ゆいかの中にいた、
「もうひとりの自分」
が、どうなったかって?
彼女は、まだゆいかの中にいる。そして、彷徨っている魂を、正しい道に進めるという仕事をしている。ゆいかの中にいて、表に出ることも自在になった。これも、魂の世界で経験を積んだということでランクが上がったと考えてよさそうだった。
ただ、彼女たち3人に訪れたことは、ただの偶然ではないのだが、ここまでうまく行ったのは偶然に近いかも知れない。
「世の中そんなに簡単にできているわけではない」
と言って、彼女は今日も彷徨える霊を助けにいくのだった……。
( 完 )
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