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症候群の女たち

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「フレゴリ症候群と対照的な言葉として、カプグラ症候群というものがあるんだけど、カプグラ症候群というのは、家族や知人が、うり二つの替え玉と入れ替わっているという妄想を抱く、精神疾患の一種だと言われているんですよね。こちらの場合は、フレゴリ症候群よりも深刻かも知れないです。何しろ、自分の知り合いが贋者と入れ替わっているという発想なのですから、そこに、悪の結社のような団体の存在が関わっていると思い込んでいるわけですからね」
 と先生は言った。
「でも、ドッペルゲンガーの様相を呈しているようなフレゴリ症候群も怖いですよね? 本人の内面的な部分で、ずっと苦しむことになるわけですからね」
 と、さくらが言った。
「そうなんですよね。ドッペルゲンガーのような妖怪として君臨しているトモカヅキという妖怪も、恐ろしい存在ですからね。とにかく、ドッペルゲンガーというものが、その裏返しに、絶対の死のようなものが関わっているという考えから、いかに死から逃れられるかという意味でのリアリティはひどいものですよ」
 と先生がいう。
「カプグラ症候群というのも、怖くないですか? 悪の結社によって、自分の知り合いが入れ替わっていくという考えでしょう? 似たような話を、1960代から、70年代にかけても、アニメ、特撮などの、第一期と言ってもいい時代には、似たような話がありましたからね。そうやって、どんどん、この地球を征服する宇宙人とかですね」
 と、さくらがいうと、
「ええ、ありました。再放送では先生も昔見た気がします。今は少し問題があるでしょうが、スカパーなどでの放送だったら、ありなんじゃないでしょうかね」
 と、先生が言った。
「最近のアニメや特撮は見ないのでよく分かりませんが。あるんでしょうか?」
 と聞くと、
「あるかも知れないけど、少ない気がしますね。特に今は、コンプライアンスなどが激しいから、少々のものは、ダメなんでしょうね。放送倫理の問題もありますからね。そういう意味では、映像作品よりも、文庫だったり、コミックだったりの方があるかも知れないですね」
 という。
「じゃあ、フレゴリ症候群のような話ってあるんでしょうか?」
 と聞くと、
「ハッキリとは知らないけど、ほぼないような気がしますね。物語にするには、難しいんじゃないですか? カプグラ症候群の方は、替え玉というやり方で、他の第三者の手が介在しているけど、フレゴリ症候群の場合は、あくまでも、妄想や錯覚であり、人が介在する余地がないからですね。物語にしても、ストーリー性に奇抜さが欠けるかも知れないと思うんです」
 と、先生が答えた。
「なるほど、難しいところですね。じゃあ、私のようなフレゴリ症候群のような人間には有効な手立てはないということでしょうか?」
「そんなことはないと思いますよ。催眠療法であったり、妄想を別のものに変えたりする力を有するものを使うということもあります。それが何かということになると、いろいろ調べる必要があるでしょうからね。組み合わせの問題もあるし」
 と、先生は言った。
「じゃあ、やはり私はフレゴリ症候群だということなんでしょうか?」
 と言われた先生は、
「可能性はあるかと思いますが、あまり考え込んでしまうと、症候群の罠に嵌ってしまいます。これがどういうことから出てきたものなのか分かりませんが、私独自の発想として、まるでウイルスのようなものだという考えも持っているんですよ」
 というではないか?
「ウイルス?」
 とさくらは意外そうな表情で聞くと、
「ええ、最近は、何でもウイルスという言葉で解釈することも多くなったでしょう? コンピュータウイルスなどというのもその例で、以前私の知り合いの心理学の先生で、自殺をしたくなるのは、自殺菌というウイルスがもたらしたものだという発想を提唱した人がいたんです。その人は、ウイルスというものは、元々は人間が作ったものだけど、それは、あらゆるところで進化して、まるでAIのような知能を持ち、人間を逆に操ろうとしていると言っていたんですよね。それを、ウイルス界の、フランケンシュタイン症候群のような言い方をしていたんですよ。つまり、人間が作ったものから、逆に支配されるという構造がmフランケンシュタイン症候群ですからね」
 というのだった。
「確かに。少し前に全世界で流行ったパンデミックも、変異を繰り返して、変化していき、結局何度も波を作って、なかなか流行が衰えなかったですね」
 とさくらがいうと、
「コンピュータウイルスというのも、そうじゃないですか? あれは、ハッカーが最初にウイルスを開発し、ソフト会社の方で、そのワクチンソフトを作って対策をする。だけど、また新しいウイルスができて、また駆除ソフトが出るということの繰り返しじゃないんですか。それと同じですよ。だから、開発した方は、開発した瞬間から、新たなウイルスの作成に入るんですよね。それこそ、いたちごっこであり、永遠に続く、血を吐きながら続けるマラソンなんですよ」
 というではないか。
「核開発競争しかりですね」
「そう、その通り。でも、あれは、戦争の抑止力になると言われていたので、力の均衡が保たれていれば、それはいいことなのかも知れない。だけど、ほとんどの場合は、それは見せかけで、表裏一体と言ったところではないでしょうか?」
 と、先生が言った。
「じゃあ、カプグラ症候群と、フレゴリ症候群の間では、そんな抑止力でもあるんでしょうか? 下手をすると、相乗効果になってしまって、抑止力どころか、拡散媒体のようになってしまって、修復が利かなくなってしまうと、どうしようもなくなってしまうでしょうね」
 と、さくらがいうと、
「世の中には、普通の人間の想像も及ばないような。バカなやつがいたりするので、予期できない出来事にぶち当たると、抑止力だけではダメだということに初めて気づくのかも知れない。それは歴史が証明しているからね」
 と先生はいうのだった。

                 大団円

 ゆいかが、さくらの生まれ変わりのような錯覚を持っているその頃、今度はまりえがさくらに近づいてきた。
「私と似たような感覚を持っている女性」
 という意識で、さくらに近づいたのだった。
 まさか、さくらが、カプグラ症候群と、フレゴリ症候群について勉強しているとは知らなかったので、
「近づけば、さくらも心を開いてくれて、仲良くなれるだろう?」
 という考えの元だった。
 しかし、さくらにはそんなつもりはなく、意識としても、まりえにではなく、ゆいかの方に強く持っていた。
 ゆいかが、まさか、
「自分の双子の生まれ変わりではないか?」
 などと思っているなど夢にも思わない。
「もし、双子だったら、自分にも、ゆいかが考えているようなことが分かる」
 というはずだからである。
 まりえは、実は自分が、
「カプグラ症候群ではないか?」
 という意識は持っていた。
 少し怪しいと思っていたので、先生に相談したのであった。
「それは、カプグラ症候群ね」
 と言われた。
作品名:症候群の女たち 作家名:森本晃次