紫に暮れる空 探偵奇談25 前編
何にせよ、と紫暮がため息をついた。
「あの子が何を隠して怖がっているか知ってやらなくちゃ、何もできん」
「そうですよね。親も頼れないって、けっこう深刻だと思います」
「うん…事情が分かれば学校から家庭に介入できるかもしれない」
「それに…彼女、さっきの弓道場で言ってました」
伊吹は思い出す。わたしにも弓が引けますか、と聞いた時の恵麻の様子を。
「自分に向き合いたいと、そんなふうに思ってるんじゃないかな…あるいは抱えている問題に向き合いたいって」
でも、それが困難な状況にあるということなのだろう。同感だと紫暮が頷いた。
「自分自身が否定する自分を、誰かに肯定してもらいたいって…俺はそんなふうに思いました」
そのとき瑞のスマホが鳴った。
「一之瀬?ありがとう。メール見た。変わりないか…うん、わかった」
貸して、と紫暮が手を伸ばす。瑞からスマホを受け取った紫暮は郁に向けて話し出す。
「一之瀬さん、無茶なお願いをきいてくれてありがとう。ご迷惑をおかけして申し訳ない。うん、うん、ありがとう。岡崎さんに替わってくれるかな?」
しばしの沈黙のあとで、恵麻が出たようで、紫がは静かに切り出した。
「言いたくなかったら言わなくていい、とは、俺は言わん」
少し厳しさをにじませた口調に、伊吹はどきっとする。隣の瑞も同様な様子で、ぐっと黙り込んで成り行きを見守っている。
「そのままじゃ苦しいだけなのが、わかるから」
だから、とそこで紫暮の声が優しくなった。
「言いたくなったら、いつでもかけておいで」
柔らかな口調が、その場の張りつめた空気をほどいていくのがわかる。
「それで救われることが、きっとあるから」
回線の向こう側で、彼女はどんな顔をしてこの言葉を聞いているのだろう。しばらくの沈黙のあと
「わかったら返事」
突然授業中の紫暮に戻り、隣の瑞がぴんっと背筋を伸ばす。紫暮はしばらく黙ってスマホに耳を傾けていたが。
「大変よくできました」
そう言ってふわっと笑ったのだった。通話ボタンを切って、はい、と瑞にスマホを返す。
「大丈夫そうですか…?」
尋ねた伊吹に、わからないと紫暮は答えた。
「でも、助けたいな」
真摯な声色に胸を打たれた。紫暮は彼女の担任なわけではない。昨日転校してきた短い付き合いの生徒でしかないのに。
作品名:紫に暮れる空 探偵奇談25 前編 作家名:ひなた眞白