紫に暮れる空 探偵奇談25 前編
郁と紫暮が職員室に鍵を返しにいく間、瑞は伊吹と恵麻とともに校門で二人を待っていた。今日も霧の様に細かい雨が降っていた。傘の隙間を、制服の隙間を縫って、肌寒い空気が入り込んでくる。
「梅雨前なのに、夜はヒヤッとしますね」
「季節の変わり目だしな。寒暖差キツイ」
そんな話をする瑞と伊吹の後ろで、赤い傘を持って静かに立っている恵麻。郁は、すすんで孤立する彼女を気に掛けている。教室でもそんな様子が伺えたし、弓道部に連れて来たのはその気遣いの一端だろう。
(ほっとけないんだろうな…)
郁のことを考えると、胸がふわっと温かくなる。その気遣いや優しさを、自分に向けられたらと想像する。でもたぶん、瑞が気づかないだけで、郁はいつだって瑞を気遣いや優しさを向けてくれている。それがわかってしまった。自分はたぶん、ものすごく贅沢だ。
「おまえ何ニヤけてるんだ…」
気味悪そうに伊吹が言い、慌てて否定する。
「ニヤけてないよ!」
「あっそ」
「先輩、誤解は解けたはずです!!」
「………」
「そんな目で見ないで!!」
ぎゃあぎゃあ騒いでいて、気づくのが遅くなった。後ろの恵麻が、ぶつぶつと何か呟いている。
「岡崎さん?」
伊吹が異変に気づく。恵麻の傘は地面に落ちている。ぬかるみの上にしゃがみ込んだ彼女、は誰もいない校庭の方を見ながら、頭を抱えて何か呟いている。その顔は恐怖に歪んでいた。
「くる…」
おかしい。
「おい岡崎」
尋常でない様子に瑞はそばに屈みこんだ。
「あそこにいる!!!」
あらぬ方を指さし、どうしよう、どうしよう、と恵麻は繰り返す。
「ごめん、ごめんなさい、許して、お願い!!!」
誰かに向かって謝罪を繰り返す。そばにいた瑞に掴みかかるようにして体を支え、彼女はなおも繰り返す。
作品名:紫に暮れる空 探偵奇談25 前編 作家名:ひなた眞白