紫に暮れる空 探偵奇談25 前編
自己を映す鏡
翌朝。郁の隣の席は空いたままだった。朝練を終えて席に着いた郁は、恵麻のことを思って心配になる。予鈴が鳴ってしばらくしてから、恵麻は教室にやってきた。よかった、と郁は安堵する。
「おはよう岡崎さん」
「あ、おはよう」
挨拶してくれた。よかった。そして今日も超美人。綺麗。まつげクルクル。唇プルプル。鼻高い。そしていい匂い…。
「あの、なに」
しまったジロジロ見つめすぎた。郁は慌てて弁解する。
「ごめん!すっごい綺麗で見惚れてた…」
変なやつだと思われたかもしれない。少し驚いたような表情を見せた恵麻だが、少しだけ笑っ、てありがとう、と言ってくれた。
「でもこんなの…自分の本性を隠して守るための鎧だよ。あたし弱いから…こうでもしないと、やっていけないって思ってるの。情けないよね」
どうして、と郁は尋ね返した。
「めっちゃかっこいいと思うけど」
「え…そう?」
郁は素直にそう答えたのだが、恵麻は意外そうだった。大きな目をぱちくりさせて郁を見つめた。何かおかしなことをいっただろうか、と不安になったころ、恵麻はありがとう、と小さく言った。そして。
「あの、一之瀬さん」
「郁、でいいよ!」
「あ、じゃあ…郁ちゃん。部活のことなんだけどさ」
来週までに仮入部届をださなくてはいけないのだという。
「郁ちゃんの部活は?」
「弓道部だよ」
「へえ。厳しそう…」
でも楽しいよ、と郁は言い添えた。稽古は確かに厳しいし、礼儀作法や所作も細かくて難しい。でもそれ以上にやりがいがあるし、自身が成長していけることを実感できてうれしい。
「見学にくる?」
「え?いいのかな、あたしこんなナリだし…怒られない?」
「大丈夫だよ。興味あるなら大歓迎だよ。もちろん、見学したからって入部しなくてもいいんだよ」
じゃあ行ってみようかな、と彼女の表情が和らいだ。
「須丸くんは副将でね、うちのエースなんだ。須丸先生も指導に来てくれてるの。兄弟そろってすっごい上手なんだよ」
「そうなんだ…」
放課後一緒に行く約束を取り付けたところ、チャイムが鳴って数学教師が入って来た。今日も教科書を半分こする。ほんの少しだけ距離が近づいたようで、気持ちがうきうきする郁だった。
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作品名:紫に暮れる空 探偵奇談25 前編 作家名:ひなた眞白