紫に暮れる空 探偵奇談25 前編
深々と頭を下げて、教師が真摯な言葉で母親に言った。恵麻は呆気にとられて、つい「違う」と言いたくなる。悪いのは恵麻なのに。
「そんな…いいんです、先生。こちらこそ、御迷惑をおかけして申し訳ありません。わざわざありがとうございます…」
母も頭を下げて、申し訳ないと繰り返した。エレベーターまでお送りしなさいと母に言われ、恵麻は教師のあとについていく。
「ここまででいいから家に入りなさい。風邪ひくぞ」
廊下の途中で振り返った教師が言った。そっちこそ、恵麻に傘を差しだしていたせいで肩が濡れている。
「ほら、ちゃんと家に入るまで見てるから」
「うん…」
そうは答えたものの、足は動かせない。そんな恵麻を見かねたのか、教師は手にしていた鞄から何かを取り出した。手帳だった。そこにペンで何かを書きつけて、破ったページを恵麻に手渡す。
「俺の家の番号。何かあったらかけなさい」
「家電…?携帯じゃなくて?」
「携帯もってないから」
すごい普通に嘘つかれたんだけど…。
「ただし、何かあったときだけ」
そこは教師として線引きするのだろう。当たり前か。
「わかった…。てか、先生の名前、読めないんだけど。何丸?むらさきくれる?」
教師は、「すまる、しぐれ」と答えた。
作品名:紫に暮れる空 探偵奇談25 前編 作家名:ひなた眞白