紫に暮れる空 探偵奇談25 前編
雨に打たれて
雨の降る夜だ。駅前のバスロータリー。恵麻はそこで、何本もバスを見送っていた。スクールバッグを抱きしめて、少し肌寒くなってきた空気に体を震わせた。
どこまでも、わたしは逃げられない。たとえ引っ越しても、転校しても、海外に行っても、絶対に逃げられないんだ。
(家にも…帰れない…)
帰ったところで、待っているのは両親の冷たい視線。がっかりされた、では済まない。見放されたのだ。どこにも行く場所なんかない。どこまでも自分につきまとう「それ」と、孤独。これは罰だ。受け入れて、生きていくしかない。誰にも頼れず。
(あの子…)
隣の席の一之瀬郁のことを考える。関わることを拒否し続ける自分に、繰り返し優しい言葉をかけてくれた。懐かしい、と感じた。笑ったり、遊んだり、一緒に昼ご飯を食べたり、好きな男子の話で盛り上がったり。恵麻はもう死ぬまで二度と、そんなことをするのは許されないのだ。
「ねー、かわいいね」
二人組の男が声をかけてくるが、恵麻はもう何も感じない。絶望と、恐怖と、ほんの少しだけ残っている寂しい悲しいという気持ちしか。
「もう暗いからこんなところにいたら危ないよ」
「俺らとどっかいこ。ね?」
もう何も考えたくない。
「もう、許して…」
かばんを抱きしめて、許しを乞う。許されないことなどわかっている。それでも。
「ごめんなさい…」
謝っても、もう、取り返しなどつかないのに。
作品名:紫に暮れる空 探偵奇談25 前編 作家名:ひなた眞白