思いやりの交錯
「うん、でも、サービス券とかもくれたので、店側の対応は悪くないし、しょうがないことだって思ったんだけど、さっきのえりなさんの話を聞いて、ひょっとして、自分は、キャストの女の子が、防犯カメラを見て、僕のことを知り合いかも知れないと感じたのではないかと思ってね。でも、俺は、写真を見て選んだので、顔だって見ているから、知り合いだったら分かりそうなものだって思うんだけどね」
というと、
「それね。いわゆるパネマジに引っかかったと言っていいかも知れないわね」
とえりながいうので、
「パネマジ?」
「ええ、パネルマジックのことなんだけど、これも身バレしないように、少し写真を加工してあるの。そうしないと、本当に身バレの可能性があるでしょう? 受付でバレないように加工写真を見て、さらに、待合室で客を確認するということをしていれば、トラブル回避になるでしょう?」
と、えりなは言った。
気持ちと感情
その時えりなが、いろいろ聞いてきた。まず、
「お兄さんは誰かと一緒に来たんですか? こういうお店は初めてだということなので、そういう時って、人と一緒に来るものなんじゃないかって思ったんだけど」
というので、
「うん、先輩ときたんだよ」
というと、少し目を輝かせたかのようにしながら、
「なるほど、それはよく聞くわよね。先輩がいろいろ教えてあげよう的な話ですよね?」
「ええ、最初は先輩にまだ、童貞だって相談したことがあったので、先輩が気にしてくれていたんでしょうね。まだ童貞だったら、一緒に行こうって誘ってくれたんです」
というと、
「なかなか、最初は、こういうところは二の足を踏むものね。特に、変な店に引っかかったらとか、呼び込みや店の人に誘われたら断れるかどうかが心配だったりするよね? でも、今は基本的に呼び込みはしてはいけないことになっているし、友達どうして来ている人たちで、飲みに行った帰りに、こういうお店に来ようということになった時のために、無料案内所というのが、数か所あるのよ。そこにいけば、そこの人が、お客さんがどういうお店を求めているかね。ソープなのか、ヘルスなのかとかね。時間によって、あまり時間がなければ、ショートコースのお店とかの紹介になるでしょうしね。後は、どういう女の子がいいかということを聞いて、それならここのコンセプトに合っているというようなことで、店に連絡を入れて、すぐに行けるかどうかも、話をしてくれるわ。決まったら、近くであれば、お店からスタッフがお迎えに来てくれることもあるので、店まで迷うこともなければ、他から声を掛けられることもない。何しろここは、皆、性風俗目的の客なので、この町内にさえ入ってしまえば、もう恥ずかしいということもないでしょう?」
と、えりなが教えてくれた。
「よく知っているんだね?」
と聞くと、
「ええ、お客さんが教えてくれるのよ。私に何回も入ってくれたお客さんも、結構いるでしょう? そうすると、ほとんどため口になって、まるで友達感覚の会話になったりするのよ。なかなか楽しいわよ」
と、すでに、彼女はマサトにもため口のようになっていた。
「これが彼女の魅力なんだろうな?」
とマサトは感じた。
相手に違和感を感じさせないように、実に自然にため口になるくらいだから、すでに打ち解けていると思うのも無理もないことであった。
ただ、こっちは、本当の初めてなので、最初からマウントを握られているのは、当然のことであった。
そういう意味で、
「彼女に入って、本当によかったな」
と思うようになった。
マサトには、女兄弟はいない。弟が一人いるだけだったので、童貞であることに、余計に、焦りを感じた。
「女っ気がまったく自分のまわりになかったから、女性のことがよく分からない。だから、彼女もできないし、ずっと童貞なんだ」
と思っていた。
だが、それだけが理由でもないような気がしていた。
だとしたら、女兄弟のいない人は皆初体験が遅かったことになる。
実際にはそんなことはないだろう。
ということになると、他に理由があることになり、今までずっと思ってきた言い訳のような理由が、通用しないと思うと、今度はどう考えればいいのかと思い、すでにもう大学生になっていることで、自分の中に焦りがあることを感じてしまうのだった。
それを思うと、
「今回、風俗での、脱童貞となったが、よかったのではないか?」
と考えるようになった。
えりなを見ていると、
「彼女でよかった」
と正直思えるし、
「このまま自分が彼女の常連客になるかも知れない」
とも感じていた。
「先輩には、今夜、相手が変わったこと、言わない方がいいかな?」
と、マサトがいうと、
「そうかも知れないわね。余計な心配をかけることになるかも知れないし、おせっかいな人なら、余計なことをあなたに言わないとも限らない。あなたとしては、何か気になることが他にあるの?」
と聞かれたので、
「そうだなぁ。心当たりがないんだよ。僕のまわりに風俗をやっている女の子がいるようには思えないし」
というと、
「まあ、人は見かけによらないともいうので、あなたが、それほど気にしていない相手でも、ちょっとでも顔を知られていると思うと、女の子の方も過敏になったりするからね。特にあまり仲が深い相手でなければ、却って、フッと話題がキレた時などに、話題繋ぎの軽い気持ちで、バレないとも限らないから、女の子としては、気になっても仕方がないことではないかしら?」
ということであった。
「うん、そうだね、先輩は顔も広そうだし、こういう性風俗にも詳しそうだから、すぐにピンとくるかも知れない。でも、それを思うと先輩もひょっとすると、今日の僕と同じような目に遭っているかも知れないし、もし、そうだったら、ちょっとおもしろい気がするな」
とマサトは言った。
「まあ、そんなに頻繁にあることではないと思うので、偶然、今日は日が悪かったというくらいに思っていた方がいいかも知れないわね。私は、女の子の気持ちもわかるから、余計にそう思うのよ」
と、えりなが言った。
「そうだよね。えりなさんは、本当に優しいですね」
というと、彼女は目がトロンとしてきた。
どうやら、スイッチが入ったようだ。
「そうだ、俺の目的は、そもそも童貞喪失だったんだ」
ということを思い出し、そっちの方に集中した。
せっかく先輩が設けてくれたチャンス、しかも、一生に一度のことなのだから、儀式としても、記念という意識でも、楽しむに越したことはないと思うのだった。
厳かに「儀式」は進行していく。まるで、
「結婚式って、こんな感じなのだろうか?」
と思わせた。
一度だけ、親せきのお姉さんの結婚式に出席したことがあったが、その時の新郎の姿が、凛々しかったのを思い出していた。卒業式、入学式などは、どうにもピンとこない。自分のことだけではないかだろうか。
一学年全員なので、ピンとこないおも無理もないことである。しかも、女の子は卒業式では、泣くのが定番ではないか。先に泣かれてしまうと、厳かな気分にはなかなかなれないもので、子供時代に儀式というと、どうしても、