思いやりの交錯
「それはどういうこと?」
「あの通路は、実は暗いのは暗いんだけど、一定の場所から見れば、昼間のように明るく見える特殊なガラスがひいてあるところがあるの。もちろん、通路からは壁にしか見えないんだけどね。それに、待合室でも、カーテンがしいてあるところがあって、そこから、以前は隠し部屋があって、待合室が見えるようにしていたの。今は防犯カメラがあるので、その両方を使うことがあるんだけどね」
と、彼女は言った。
「それはどういうことなんだい?」
と、マサトが聞くと、
「実はね。私たちって、現役の学生だったり、昼職を持っていたり、コンセプトの違うお店であれば、主婦だったりするのよ。そうなると、もし、自分の知っている人が偶然、必然どちらにしても、お客さんとしてくればまずいでしょう?」
と、えりなは言った。
「うん、そうだね」
「それで、私たちはそれを身バレと言って、気を付けているのよ。お店としても、相手が親だったり先生だったり、旦那だったりすれば、文句を言われれば、逆らうことはできないでしょう? これってとってもまずいことになって、女の子が辞めるだけでは済まない場合のあるので、女の子も店側も、そのあたりは神経を過敏にしているのよ」
というではないか。
「なるほど、それで、待合室などで見張っていて、知り合いだと思うと、お客の面目が立つようにしているんだね?」
と聞くと、
「ええ、そう」
と言ったその時、えりなは、急に思い立ったように、口をつぐんだ。
しばらく無言だったが、すぐに話を変えたことで、
「何か、してはいけない話をしたのだろうか?」
と思うと、
「まさかさっきの俺に対しての店側のあの態度、そういうことだったんだろうか? だから、最初は会話の一環だと思って話をしていたえりなが、急に口をつぐむようなことになったのだろうか?」
と感じたのだ。
もし、そうだとすれば、しょうがない気もするが、自分の知り合いで、かち合ってしまったからと言って、気まずくなるような人はいないと思ったが、それは自分が思っているだけで、女の子の側からすれば、
「それだけはまずい」
とでも思ったのかも知れない。
バレて困るのは彼女の方で、
こっちは別に、困ることはない。普通に大学生がソープに来るくらい、普通のことだと思っているマサトだった。
しかし、女の子の方は、身バレが怖いというのもあるし、下手をすれば、相手の男が悪いやつであれば、脅迫の材料になりかねない。
「黙っていてほしければ、ただでやらせろ」
などという輩がいないとも限らないからだ。
マサトとしては、そこまでして、女の子を蹂躙しようとは思っていない。
あくまでも、お金を払ってでも来るのは、
「癒し」
を求めているからであって、脅迫などをして女を手に入れても、得られるものは目的とは明らかに違うのだ。
相手に嫌々されても、心地よいわけもない。
ただ、一つ言えることは、男は一種類ではないということだ。
おかしな性癖を持っている男もいるだろう。
「相手が拒んだりするのを見て。余計に興奮する」
というサディスティックな男だっている。
そんな男は癒しを求めるのではなく、相手を自分のものにするという、征服欲なるものを満たすためであれば、相手を脅迫してでも、自分のものにすることに、大いなる快感を得ることになるのだろう。
マサトはそんな男もいるということは。AVなどで知っていた。
むしろ、自分にはない性癖なので、AVなどは、自分にはない性癖を見ることで別の快感が得られることは分かっていた。だから、AVを借りる時は、結構SM系のものが多かったのだ。
だが、それはあくまでも、バーチャルな世界でのことであって、
「自分は癒しを求めているのであって、好きなタイプは、ちょいポチャくらいの、幼児体系で、幼さの残る、一種のロリコンなのだろう」
と思っていた。
だが、今回の相手のえりなは、まったく逆のタイプなのに、気に入ったのは、どういう心境であろうか? えりなを見ていると、
「自分のことを見透かされているのかも知れない」
という羞恥があり、それが快感だったのかも知れない。
だが、今の、えりなの言葉は気になるところがあった。
「やっぱり、さっきのはあまりに、タイミングが良すぎる感じがするけど、だけど、俺の知っている女性の中で、身バレして困るような人っていたっけな?」
と感じていた。
「ところでね。えりなさんは、身バレして困る人って、結構いるんですか?」
と聞いてみた。
「身バレ? ああ、そうねえ、やっぱり親だったり、先生だったり、上司だった李はヤバイでしょう。あと、付き合っている人がいれば彼氏よね? まあ、中には彼氏が知っている子もいたりするので、一概には言えないけどね」
というのを聞いて。
「ん? こういう仕事をしていると知っている彼氏がいるというの?」
「うん、絶対にいないとは言えないわよ、少なくとも私のまわりにはいないけど、元々、今の彼氏が、お客さんだったりね」
と言われた。
「まあ、ありえないことではないと思うけど、男としては、どうなんだろう?」
と、マサトがいうと、
「私もそこまでお客さんで好きになったことのある人はいないから何とも言えないんだけど、彼氏を持つなら、やっぱり、こういう私を知らない人をって思うかな?」
とえりながいうと、
「じゃあ、バレちゃった時は別れることになるかもよ?」
と聞くと、
「うーん、それは仕方がないかも? 私に限らずこのお仕事をしている人には、その人の事情があるから、彼氏と天秤に架けると、この仕事を選ぶ人も結構いると思うし、そこは何とも言えないかも知れないな。あなたは、彼女がこういう仕事をしていると後から知った時、どう思うんでしょうね?」
と聞くので、
「今はハッキリ答えられないかも? だって、僕は今までに彼女がいたことなんてなかったからね」
というと、
「ごめんね、余計なことを聞いて」
と彼女は誤ってくれた。
「あっ、いいんだよ。最初に言い出したのは僕だったんだからね。嫌な思いをさせたのだったら、謝るよ」
というと、
「いえいえ、それは大丈夫。でも、あなたは、どうしてそういうことが気になったのかしら?」
と、えりながいうので、
「さっきのお話で、女の子が確認しているという話があったでしょう?」
「ええ」
「実は、君には悪いと思ったので、言わないでおこうと思ったんだけど、本当は別の子を指名したんだよ。それで待合室で待っていると、スタッフがやってきて、僕が指名した女の子が急に体調を悪くしたから、別の子にしてほしいって言われたんだよね?」
「まあ、それは失礼よね。なるほど分かったわ。だから、スタッフが、急がせて悪いけど、指名が入ったので、大至急、準備してほしいって言ってきたのね? それで私の中では辻褄が合った気がしたわ」
というのだ。