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思いやりの交錯

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 しかし、彼女の方は、終始下を向いて、下を向いたまま、キョロキョロしているのだ。目の焦点が合っているかどうかすら分からない。意地でも目を合わさないようにしているとしか思えない。
 そんな彼女は、どうも、先輩と目を合わすことを躊躇っているようだ。意識はしているが、まったく目線が合わないところを見ているのだった。
 どうかすれば、マサトの方が視線が合いそうで、マサトも、彼女の顔を垣間見ようとすると、さすがに敏いのか、こちらの様子が分かるようだ。
「このままでは気まずくなる」
 と思い、こちらも視線を下げてしまったが、それでよかったのかどうか、少し考えさせられるのだった。
「まあ、しょうがないか」
 と考えたが、先輩が口を開いてくれるのを待つしかなかったのだ。
「彼は、俺の後輩で、マサトというんだけど、よろしくな。昨日、飲みながらいろいろ話をした中で、小説の話になったんだけど、彼も何か書いてみたいということだったので、それなら君と話をするのがいいのではないかと思って、誘ってみたんだけど、よかったかな?」
 と、先輩は切り出したが、
「ええ、かまいませんよ」
 と言って、彼女は少しだけ顔を上げて返事をしたが、まだまだ普通に会話ができるような顔の角度ではなかった。
 顔の表情は何と分かるかどうかというところであったが、
「そこまで人見知りなのか? こんな人見知りな人、初めて見た」
 と感じるほどで、思わず声に出してしまいそうになるほど、本心だった。
 それでも、先輩は構わずに、話を勧めようとしているのを見ると、
「本当にこの人は、こんな性格なのかも知れない。でも、あの先輩や、彼女さんが慣れてるのだから、俺も慣れることができるようになるんだろうか?」
 とも感じた。
 先輩も彼女さんも、確かに懐の深さは感じざるをえないが、ここまで暗い雰囲気の人を集団の中に入れると、雰囲気が悪くなるということが分からないわけでもあるまいのに、そんなことはおくびにも出さないというのは、それだけ、信頼が厚いのかも知れない。
「マサトさんは、小説を書くのが好きなんですか?」
 といきなり、彼女に聞かれたが、
「ええ、書いたことはないんですが、奇妙なお話が書けるようになりたいという思いはあります」
 というと、彼女の口元がニンマリとしてきたのが分かり、そこで、感情を感じることができるのだろうと思ったのだ。
「申し遅れましたが、私は、つかさと言います。よろしくお願いします」
 と、言って挨拶をしてくれた。
 大学生と言っても、皆、個人情報の観点からなのか、それともブームなのか、一歩か二歩、仲良くなるまでは、下の名前で呼ぶようにしている。女性から、下の名前で言われると、前日のソープを思い出し、
「まるで、源氏名のようだな」
 と、少し不謹慎かと思われるような発想をしてしまったことが、少し恥ずかしかったのだ。
「奇妙な小説のどういうところが好きなんですか?」
 と聞かれて、まずは、好きな作家の名前を挙げて、
「僕はあの作家の小説を見て、まず、これが大人の小説か、と感じたんです。そして、何と言ってもすごいと感じたのが、ラストの半ページくらいのところで書かれている、大どんでん返しのような話を読むことで、それまで奇妙な雰囲気に包まれていたものが、一気に謎が解かれて、まるで、霧の蔓延った森の中を歩いていて、急に視界が晴れたかのような、そんな気持ちになる時が、この小説の醍醐味なんだと思うことで、この本を読んでよかったと思えることですね」
 というと、
「ああ、あの作家のお話であれば、そうですよね。私もそうなんですが、今、マサトさんが言われたような話を書きたいと、皆さんが思っていると感じます。それは、やはり、この小説家の本を読んで、内容だけではなく、その手法に鮮やかさと、大人のあざとさのようなものを感じるからではないでしょうか? 特に最近は、ライトノベルなどという、簡単に読めたり、ケイタイ小説などというような、必要以上に空白があって、あれを読みやすいと思っているかのような、小説というものを勘違いしている人が多いと思うんです。私はそれを嘆かわしいと思っています」
 それを聞いて、マサトも大げさに頷いた。
 その横から、
「そうなんだよね。俺も、ライトノベルだったり、ケイタイ小説とかは大嫌いで、ケイタイ小説のように、顔文字を使ってみたり、昔あった、〇ちゃんねるというような、低俗なサイトをそのまま小説にしたりするようなものは、あんなものは小説ではないと思っていますからね」
 と、先輩が言った。
 確か以前に、先輩は、よく〇ちゃんねるの創始者として有名な男がよくテレビなどで、コメンテイターとして出演しているのを見て、
「なんだ、こいつは、低俗極まりない」
 と言っていたのを思い出した。
 その時は、こいつがまさか、創始者だとは思っていなかったようで、後でそのことを知って、
「やっぱり、あいつは最低だったんだな。俺の見立ても悪くないだろう?」
 と言って、自慢していたのを思い出した。
 普段は人が自慢しているのを見ると、あまり気持ちのいいものではないので、相手は先輩であっても、冷めた目でやり過ごしていたが、こいつのことに関しては激しく同意したので、先輩を冷めた目で見るようなことはしなかった。
 時代が時代だったということもあるが、コメンテイターのくせに、あいつは、ほとんど、スタジオにゲストとしてきたことはなかった。ほとんどが、リモート出演というもので、見ていて、
「こいつ、舐めてんのか?」
 と思ったほどだった。
 当時は、世界的なパンデミックのせいで、テレビ関係者も、相次いで、伝染病に罹っていた時代だった。
 そんなのを見ていると、
「時代は変わっていくものだ」
 と思い、元々、ゆっくりではあるが、デジタル化が推進されてきたこの国でも、伝染病のせいで、リモートワークを、政府が率先して、行わなければいけなくなっていた。
 だが、実際には、政府の要人たちが、自分たちは、
「集まるところにいくな。集まって酒は飲むな」
 などと言っておいて、送別会や、忘年会などやってみたり、キャバクラなどの夜の街に繰り出したりしていて、議員を追われることになった人が後を絶えない時代でもあった。
 政府要人のくせに、
「今流行っている伝染病は、どうせ、風邪に毛が生えたほどのものでしかないんだ」
 とでも言わんばかりだったのだ。
 そんな状態で、混沌としていた世の中だったが、そんな時に、またしても変なやつというのは、一定数出てくるもので、そんな中でも、いわゆる、
「迷惑ユーチューバー」
 と呼ばれる人種が、世の中の癌となっていたのだ。
「迷惑ユーチューバーなどという甘い言い方をするから、つけあがるんだ」
 というほど、迷惑などと言う言葉で片付けられないほどの極悪なことをしていた男がいたものだ。
 あくまでも、容疑は、
「会計前のものをスーパーで食べた」
 という窃盗であったり、
「購入したものを後から、偽物呼ばわりして、返金しろと脅迫まがいのことをした」
作品名:思いやりの交錯 作家名:森本晃次