思いやりの交錯
「要するに、例えば、過去に戻ってから、現在に戻った時、まったく同じ現在に戻ってくることができるのだろうか? という考えに似ているような気がするんだよな。つまり、タイムパラドックスのようなものが、人間の気持ちや感情、本能と理性などという観点から、元に戻れるのかということに繋がるんだ。タイムパラドックスの観点でいけば、過去に戻るだけで、現在が変わってしまうだろうから、そこから未来に飛んで、前にいた未来に戻れるという保証はまったくないということになる。要するに、一度起こってしまったものは、過去に戻ることで、変えることができるというもので、人生は繰り返すことはできない。一度起こったものを、修正することはできないということになるんだ」
という難しい話をしたのだ。
このままいけば、話がどんどん難しくなることは必至だった。ただ、こんな話をするのは、マサトは嫌いではなかったが、まさか先輩がここまで考えていたとは思ってもみなかった。
「先輩がこういう話をしてくれたのは、俺だったら分かってくれるとでも、感じてくれたからなのだろうか?」
と思ったのだ。
いつもは、どちらかというと不真面目に思えるような話をしている先輩がである。
ただ、今の先輩を見ていると、先輩が不真面目に見えるのは、いつも、真剣に考えることなく、結論を導き出すだけで、実際には、ここまで綿密に考えているのだと思うと、
「人は見かけによらないって、本当だな」
と感心させられたのだった。
先輩は調子に乗って、話し始めた。最初の話がどこからだったのかということを忘れてしまうほどの迫力を感じたのだ。
「タイムパラドックスってよくいうけど、過去に行った場合は、帰るべき未来を変えてしまったので、いきつく未来が分からなくなるので、未来が変わった瞬間に戻って、やり直すとよくいうが、その瞬間って、誰が分かるというのだろう?」
と言い始めた。
「自分が過去に来たから未来が変わったのであって、その瞬間に戻って、過去を変えないようにしないといけないんじゃないかな?」
とマサトがいうと、
「変わってしまった未来から過去に戻ったとして、その過去に果たして自分がいるかどうかってわかるのかな? ひょっとすると、自分が介在しない過去に、変わっているんじゃないかな?」
と先輩は言った。
「えっ? よく意味が分からないんですが」
というと、
「だって、過去に行ったことで未来が変わった。だけど、変わってしまった未来に行って、そこからまた過去に戻るとすると、その過去は、元から過去に戻ったという事実を打ち消した世界が広がっているかも知れない。その方が未来に対して辻褄が合うし、ずっと過去までさかのぼって、本当に辻褄を合わせに行こうとすると、変わってしまった瞬間に変えた本人がいる必要はないのではないかと思ったんだよね?」
というではないか。
「ということは、歴史というのは、辻褄を合わせようとしているということなのかな? トカゲのしっぽがキレると、生えてきて辻褄を合わせるように考えられるとでもいうような感じなのかな?」
というと、
「そうではないといえるだろうか? だから、歴史を変えてしまうと、変えてしっまtったものを正しいとして見ることで、あくまでも、正当性を重んじようとするのではないかと思えるんだ」
と先輩は言った。
「何で、そんな発想が先輩の中から出てくるんですか? そういうことをいつも考えているということなのかな?」
と聞くと、少し意外な返事が返ってきた。
「俺は、実は小説家志望でな。SFに興味があって、SF小説を書けたらいいなと思っていたのだが、それも高校の時の友達の影響で、よく、こういう話を友達としたんだよ。それでせっかくだから、こういう考えを小説に残したいと思って、自分なりに結構書いたつもりではあるんだけどな。でも、まだまだアマチュアの域を抜けなくて、だから、考え方を柔軟にする意味でも、いろいろな人とこういう話をすることが多くなったんだ」
というので、
「でも、先輩は今まで僕にそういう話をしてくれたことはなかったじゃないですか?」
と聞くと、
「君が童貞を卒業してからだと思ってね。君の話を今まで聞いていると、どうしても、やっぱりまだ童貞だからなと思えるところが結構ある、それを思うと、童貞の人と話をして得られる知識もあるが、君との場合は、童貞喪失を演出するのは俺だと思っていたので、最初から、注意深く見て行こうと思ったんだよな」
というのであった。
「男というのは、童貞と非童貞は違うものなのでしょうか?」
と聞かれて、
「女性の場合は、正直、肉体も変わるんだ。これはどこまで本当なのか分からないが、唇のしわの多さまで関係していると聞いたことがある。そういう意味で、それに精神が追いついていかなければ、バランスが悪いという意味で、女性は精神も変わってくるというのは、理屈に合っているが、男性の場合はよく分からない。別に童貞を失ったからと言って、身体のどこかが変化するわけではないからね。だから、自覚できるかできないかということが大きくかかわってくる。自覚できれば、考え方も変わるが、自覚できなければ、考え方が変わるというのは、ちょっと違うと考えるのも、無理もないことではないだろうか?」
と、先輩は答えた。
「先輩はどうでした?」
と聞かれた先輩は、
「俺は中学生の時だったので、そんなことを考えることはなかった。思春期だったので、心理的なものよりも、肉体的な考えの方が強かったので、見えるはずのものが見えていなかったのかも知れない」
というのだ。
「先輩は、どんなSF小説が好きなんですか? やっぱりタイムパラドックスのような話ですか?」
と聞くと、
「そうだね、SFというか、オカルト的な話も好きだったりするんだ、オカルトと言っても、都市伝説のような話もありなんだが、奇妙な話という感覚かな? だから、鏡だったり、時計だったり、つまりは時間だね? そういう話を織り交ぜるのが好きだと言えばいいかな?」
という。
「僕もそういう話を聞いたりするのは好きだったですね。それが心理学の現象に繋がったり、超能力の話に繋がるようなですね」
というと、
「心理学の現象は俺も好きだな。何とかシンドロームや、何とか現象、何とか効果などという言葉もあるよな」
というので、
「そうですね。フランケンシュタイン症候群だったり、サッチャー効果だったり、ウェルテル効果という言葉も聞いたことがありますね。さらには、カプグラ症候群などという言葉も聞いたことがあります」
「俺も、吊り橋効果だったり、効果や症候群ではないが、ドッペルゲンガーという現象には興味を持ったことがあったな。それにしても、お前なかなかいろいろ知っているじゃないか? 今言った、症候群や効果は、俺は聞いたことがなかったな」
と先輩がいうので、
「僕も、奇妙な物語のような話は好きで、時々、DVDを借りて、海外のドラマなどを見ていたんですが、オカルトチックな中に、そういう話をオムニバスで載せた作品があったので、時々見ていたんですよ」
と、マサトは言った。