夜が訪れるとき 探偵奇談24
市内の絵画サークルの作品。保育園児らの大きな協同絵画。絵は自由だ。そこには決まり事も、正しさも、間違いもない。いいな、と思う。もし今自分が真っ白なキャンパズを前にして、好きに描きなさいと言われても、きっと紫暮は描けない。紫暮は理屈っぽく白黒にこだわる自己を自覚している。のびのびと自由に、と言われると困るタイプなのだ。
頭が固い、とは弟の瑞(みず)の言だ。間違っていないと思う。そういえば弟は、幼い頃から描画のセンスは壊滅的だったが、「これは誰がなんと言おうとチューリップ畑なんだ!」と自信満々に答えられる柔らかさと自由な発想、表現力を持っていたっけ。紫暮は思い出して笑ってしまう。両親が大切にとってある弟の保育園や学校での作品は、センスはともかくのびのびと気持ちのよいものが多い。高校生になったいまは、弟はどんな表現をするのだろうか。
兄弟でも、感性や個性は全く異なる。ルールや常識を軸におく自分と、己の気持ちを最優先する弟。どちらも間違いではない。しかし紫暮は、愚直な弟の感性をこの頃はうらやましく思う。これまでは絶対に承服できなかった瑞の心の在り方が、自分にはないとてつもなく愛すべき一面だと思えるようになった。自分が年を経て丸くなったのか、瑞の在り方が紫暮を変えてしまうほどのものなのか、あるいはその両方か。
(…これ瑞の絵みたい)
幼稚園児の『海とおばけとばーばとブーブ』という絵を前に、微笑ましくなってしまった。
広いホールを時間をかけて歩いていた紫暮は、その絵の前に立った時、いつの間にか場内が閑散とし始めていることに気づく。足音や囁くようなざわめきが消え、シンとした静けさを意識しながら。紫暮はその絵の前に立った。
(大きい)
これまで観て来たどの絵とも異なる絵だった。美術や絵画には疎い為、この額に入れられた絵のサイズなどはわからない。それでも、他の作品と比較して大きいということだけはわかる。
女性の絵だ。油絵と言うのか。ざらついた絵の具の模様が見てとれる。青いワンピースを着た女性が、椅子に座ってこちらを見ている。紫暮とは真正面から向き合っている形だ。全体的に青みがかっているというのか、古い絵だという印象を受けた。細い首、長袖から覗く手首、胸まで垂れた黒い髪。そして顔は肌色でなく、青みがかった灰色。青いワンピースもくすんでいる。中年の女性なのだろうが、その目には覇気がなく、くちびるはかさついている。色のないその口は静かに結ばれており、ほんのわずかに開いているように見えた。
作品名:夜が訪れるとき 探偵奇談24 作家名:ひなた眞白