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能と狂言のカオス

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 と考えたものだが、脅迫はできるが、実際に誘拐はできなかった。
 もちろん、未遂だとはいえ、脅迫をしたのは事実なので、手紙や電話の録音などで捜査は行われたが、それだけではさすがに犯人を特定することなど、できるはずもなかった。
 主人は、それでも、犯人逮捕を願っていたが、さすがに限界がある。半年も経ってしまうと、さすがに主人も、事件の記憶が曖昧になってきたのだった。
 警察の方も、ほとんど、そんなことがあったということも忘れてるくらいだった。
 しかし、最近の事件は、事件なのか、どうなのか分からないのが多い。
 この間の自殺だって、誰が自殺をしたのか、何を目的に? いや、何が原因で? と言ったところだろうが、そもそも、自殺などあったのだろうか? 誰かが死んだということにしてしまうと、わざわざ自殺を演出する必要はない。
 敢えてそのようにしたのだとすれば、警察が被害者のことを気にするであろうということを犯人が気づいていないとできることではない。
 自殺も曖昧、誘拐事件も曖昧、実際に起きた事件は、他の隊が、解決済みであった。
 それほど大都会ではない中途半端な街なので、事件はそれなりにあるが、凶悪な犯罪はそこまではなかった。
「どうせ、三重県というと、愛知に接しているとはいえ、その中では一番の田舎に当たるので、自然が多いので、自殺するにはもってこいなのかも知れない」
 と考えた。
 ただ、分からないのは、あの誘拐だ。
 捕まるかも知れないリスクを負ってまで、誘拐していない人をあたかも誘拐したかのように演出していたわりには、当の本人がすぐに帰ってくるという、実に間抜けな犯罪で、
「これを犯罪と呼んでもいいのか?」
 といえるほどの事件だったことで、却って、何か不気味な気持ちが残ってもいた。
 それでも、半年も経ってしまうと、さすがに忘れてしまう。ずっと覚えていた間はある程度感情まで鮮明だったのだが、いったん忘れかけると、あっという間に消えてしまったかのようで、
「影さえ薄く感じられる」
 と感じるほどだった。
 そんな、訳の分からない犯罪が起こったことなど、警察でも一部の人間しか知らない。知っていたとしても、これだけ毎日のように大小含めていろいろな事件があるのだから、半年も経ってしまうと、ほとんどの人の記憶からは消えていたことだろう。
 何かのきっかけで思い出すこともあるだろうが、せめて、
「ああ、あんなへんてこな事件があったよな」
 という程度の笑い話で済まされることだろう。
 あれから、本当に半年経っていたのだ。当の被害者である脅迫を受けたご主人でさえ、ほとんど忘れかかっていた。しかし、何かが起こるとすれば、案外とこういう時なのかも知れない。ことわざにだってあるではないか、
「天災は忘れた頃にやってくる」
 と、である。
 ただ、これは天災ではない。災難は災難でも人災だった。しかも、これは本当に災難だといえるだろうか?
 このあたりの住宅街には、会社社長や、実業家の家など、金持ちの家ばかりだというのは前述のとおりで、ほどんどの家が、防犯に関しては気を付けている。
 そんなある日、今度は、半年前に誘拐された家から3軒隣の家で、似たような誘拐事件が起こった。
 3軒隣と言っても、そもそもの家が大きいので、結構長い通路の端から端までという、同じ距離でも、他の地域なら、その3軒は、住宅ではなくマンションであっても、同じくらいの広さだった。
 それくらい、家の敷地面積を持っているほど、大金持ちが住んでいたのだ。
 今回の事件も、訳の分からない演出をしていた。
 まるで、昔の探偵小説を読んでいるかのような内容で、脅迫の仕方は、手紙が投函されていたり、脅迫電話はあったりなどだ。
 手紙においては、郵便局管轄のポストに投函したわけではなく、直接家のポストに投函する形で、消印のつかないものだった。
 ただ、消印があるなしは、この際関係ない。少なくとも、直接投函できるのだから、犯人、あるいは、その仲間が投函したことは間違いないので、本当に身近な人間ということだ。
 しかも、防犯カメラにも映るはずだが、それでも関係ないという、大胆な犯罪だった。
 脅迫状には、
「10」
 という数字が入っている日から、毎日来るようになった。
 それまでは、2,3日に一度だったのだが、毎日来るようになったのには、意味があった。
 それは、毎日数が一つずつ減っていく。つまりは、手紙でカウントダウンをしていたのだ。
「俺は、お前の息子を誘拐する」
 という内容で、脅迫電話でも、最期にその数字をいうのだった。
 主人は、
「どうせいたずらだ。放っておけ」
 と言った。
 ここの主人は、半年前の事件を知らない。いくら近所と言っても、近所づきあいをしているわけでもなかったし、誘拐があったわけでもないのに、狼狽えてしまったことを恥じているのだろう。
 だから、半年前の事件は知る由もなかったのだ。しかし、いたずらだと思ったのは、あまりにもやり方が幼稚だったからだ。まるで、昭和初期の探偵小説にあるような時代に合っていないベタな脅迫が来た時点で、
「愉快犯ではないか?」
 と思ったのだった。
 だから、警察にも相談しなかったが、いよいよカウントダウンが終わった最後の日に、息子が帰ってくるはずの時間に帰ってこなかったことで、急に恐ろしくなったのだ。
「俺は犯人を舐めすぎていたのではないか? その思いが犯人に伝わって、
「そんなに舐めているなら、やってやるじゃないか」
 ということであれば、自分が煽ったことになってしまったのだ。
 怒らせてしまったのであれば、これは非常に厳しい状態だ。相手は最初からそんなつもりがなかったとすれば、何をするか分からない。そんな計画性のない犯罪は、本当に凶器の沙汰ではないと思うと、それまで舐めていた分、急に恐ろしくなったとしても、無理のないことだと思うのだった。
 確かに脅迫文や電話では、
「警察には決して知らせるな。知らせれば、お前の息子の命はない」
 と言っている。
 しかし、まだ誘拐されたわけではない。ということは、これは殺人予告だとも取ることができる。
 それにしても、こんな誘拐は聞いたことがない。殺人予告であれば、探偵小説などでは、よく聞く話ではないか。あくまでも愉快犯であったり、露出狂、あるいは耽美主義などの、「変格派探偵小説」
 と呼ばれるもので、エンターテイメント性をいかにも前面の押し出した小説ということになる。
 ただ、犯罪の中で、予告されるものはいくつかある。それは、基本的に、その行為自体が目的ではなく、その行為をもって、犯人が何かを得るということが多いだろう。
 たとえば、爆破予告などは、結構あることだ。
 だが、これは犯人の本当の目的ではない。爆破が本当の目的であれば、
「予告などしないで、しれっと爆破する方がどれほど成功率が高いか?」
 ということである。
 つまり、予告する場合の目的として、
「身代金の要求」、
 あるいは、その犯行が反社会的集団によるもので、自分たちの仲間が警察に捕まっているなどの事情がある場合、
「仲間の釈放と、爆破の解除が交換条件」
 などという、
作品名:能と狂言のカオス 作家名:森本晃次