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能と狂言のカオス

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 スマホで、警察に電話を入れるだけで、警察が飛んでくることになっている。なぜなら、この男のスマホの位置情報は、警察で一目瞭然となっていたのだ。
 そもそも、このスマホは、警察から与えられたもの。
「もし、ここで自殺者の痕跡を見つけた時は、すぐに連絡してください。位置情報が入っているので、一報をくれた時点で、警察には分かるようになっていますので」
 ということであった。
 いつもは、スマホから連絡をいれて、
「痕跡、ありました」
 というだけだったが、今回は、
「いつもと違って、今回は遺書があります」
 というと、警察もビックリして、
「遺書があったんですか?」
 ということで、今回は今までと違って、警察にも緊張があったようだ。
 それだけ、普段とは違うことがあると、警察というところは、敏感に反応するところのようだった。

                 事実と真実

 刑事が実際に現地に行ってみると、遺書が靴の横に置かれていた。文面には、遺書という文字はなかったが、封はされていて、自分が誰であるかというのも、書いていない。
 それを見た刑事が中を開けて、読んでみた。
 刑事が読み終わると、少し残念な表情になったが、すぐに気を取り直して、
「自殺した人の身元が分かるようなことは書いていなかったですね」
 ということであった。
 あたりを見渡すと、身元を示すようなものは何もなかった。自殺であることに変わりはなさそうなのだが、遺書はあって、誰かに対して、
「申し訳ない」
 とは書いているが、何に対して申し訳ないのかということは書いていない。
 あまりにも漠然とした文章で、この状況から見れば、自殺したことに対して、昔であれば、
「先立つ不孝をお許しください」
 と言っているのと同じだった。
「遺書がなければ、今までの自殺となんら変わりはないだろうが、とりあえず、無駄かも知れないが、海底の捜索と、この手紙の指紋だけは採取しておくようにしよう」
 ということであった。
 鑑識に、指紋を当たってもらったのだが、そこから採取された指紋には、確かに誰かの指紋が残っているようだった。
 その指紋は、一つだけで、それを聞いた時、現場検証をした刑事が、
「変だな」
 といった。
「自殺をするのだから、指紋を拭き取る必要はないんだから、別に残っていたとしても、不思議はない。逆に、残っていなかったとすれば、本当に自殺したのが誰かということを知られたくなかったということだから、これも辻褄は合いますよね?」
 と言った。
「じゃあ、この遺書は誰に書き残したものなんだい?」
「遺書をとにかく残したかったんじゃないですか? これから死のうとしているとはいえ、生きた証がほしいと思っての遺書なのかも知れませ如?」
 というではないか。
「確かに、指紋が残っていたとしても、拭き取られていたとしても、それが問題じゃないんだ。指紋が残っているのが一つだけというのが、おかしくないか? だって、自分で作ったというのなら分かるけど、拭き取ったわけでなければ、買った店や運送会社の人の指紋がついていたとしても不思議はない」
 というと、
「それはそうかも知れませんが、ひょっとすると、文房具は買った時には、ラップがかかっていたのかも知れませんよ? ラップされていたのであれば。指紋はラップについているのであって、紙には一人の指紋しかついていないとすれば、それこそ、手紙を書いた人間ということになりますよね?」
 ということであった。
「ああ、なるほど、そうだね。その通りだとすれば、指紋が残っていた指紋は、十中八九、これを書いた自殺者ということになるね」
「そういうことだと思います」
「じゃあ、指紋の照合をしてもらおう」
 ということで、とりあえず、県内に残った指紋照合を行ってもらった。
 その中で、一致する指紋が出てきたのだが、それには、
「この犯人の指紋は、鑑識でも珍しいと思える形をしていたので、私も何となく覚えがあったので、合わせてみたんですが、どうもその指紋と合致したようです」
 と、鑑識がいった。
「それはどういうものなんだい?」
 というので、聞いてみると、
「半年くらい前に起こった偽装誘拐事件の現場に残された指紋なんです」
「偽装誘拐?」
「ええ、誘拐犯から手紙や脅迫電話があって、誘拐されたのが本人だという確認が取れた上で、捜査をしていたんですが、誘拐されたはずの本人が帰ってきて、自分は誘拐されていない何もなかったというんですよ。キツネにつままれたような感じでしたので、裏を取ったのですが、ちゃんとその人は、友達とずっと一緒だったそうなんです。それで誘拐犯からの逆探知に成功し、そこに行くと犯人はいなかったんですが、そこから採取された指紋が、ちょっと変わった形だったのを覚えているんですよ」
 というのは、
「何かの事故で、親指の指紋が半分、剥げていたんですよ。それで分かったんです」
 と鑑識は言った。
「なるほど、ということは、そういう薬品を使っているところを探してみるのもいいんじゃないか?」
 と聞くと、
「ええ、それでその時の捜査で、メッキ工場のような化学薬品を使っているところを最初は探してみたんですが、肝心の被害者と思われた人間が帰ってきたのだから、それ以上の捜査は打ち切りになったんです」
 と、鑑識は言った。
「ということは、結局、事件は曖昧になったということかな? 狂言誘拐にもならない事件だから、それ以上の捜査は無用ということになったというわけか?」
「ええ、そうです」
「じゃあ、犯人はなんだって、そんなおかしなことをしたんだろう? もし、何か目的があったんだとすれば、その目的は、どうなったんだろうね? 目的は達成されたのか、されなかったのか? そもそも、目的なんか何もない犯罪だったのか? いや、最初から犯罪だったのか? といこともありだよな? 警察皆が、騙されたとでもいうのだろうか?」
「そういうことを考えていると、訳が分からなくなりますよね。実際にそんなことをいろいろ考えて、結局最後には、同じところをグルグル回っているだけだといっている刑事がいたのを覚えていますよ」
 と、鑑識は言った。
「警察は、事件性がないものは、まったく捜査はしない。行方不明者だって、捜索願を受け取りながら、事件性の有無で判断し、事件性がないと思えば、まったく捜索もしない。実際に、それで放っておいたために、自殺した人だっているでしょうに。まさかとは思いが、今回の事件で自殺したとされる人も、同じだったのではないかと思うと、やり切れないよな。あくまでも、俺の勘でしかないんだけどな」
 と、刑事が言った。
作品名:能と狂言のカオス 作家名:森本晃次