能と狂言のカオス
「ああ、刑事さんですね。私が八島です」
と言って、彼は笑みを浮かべ、警察にまったく臆した様子はなかった。
「ちょっと、応接エリアを借りたいんだが」
というと、受付の女の子が、
「こちらへ」
と言って、二人を案内してくれた。
「何も心配することはないんだ」
と言って、受付の女の子をねぎらっていた。
自分が警察に訊ねてこられているのに、かなりの根性である。
「八島さん。お忙しいところを、お時間割いていただきまして、申し訳ありません。私はこういうものです」
と警察手帳を提示しても、まったく動じることもなく、
「伺いましたところによると、何やら私が代表で借りているマンションの部屋で人が殺されているということでしたが?」
と、先ほど管理人が話していたところまでを話してくれたので、あとは、警察からの話になる。
「ええ、一人の男性が毒を盛られたようで、殺されていたんですが、あのお部屋は、管理人さんの話では、4人でお借りになられているということでしたが?」
と言われ、
「ええ、そうですね。今も最初の4人とは変わっていません」
「一番あの場所をお使いになっているのは、誰ですか?」
と聞かれた八島は、
「私です。たぶん、日にちにして私が半分以上、あの部屋にいることになると思います。ただ、それ以外の日に、誰がいるかということは私にもよく分からないんです。利用したい日に、ネットで共通のスケジュールに書き込む形のやり方をしていますから、スケジュールに書き込むのは、あくまでも予定ですから、必ず利用しなければいけないということではないんです。ただ、埋めた後で利用しないとなると、他に利用したいと思っている人に悪いということで、ほとんど確定の時しか入れないようにしているようです。だから逆に、その日空いていると、誰かが利用してもいいという話にしてあるので、予定がないからと言って、誰もいなかったとか、逆に予定にあるからと言って、絶対にその人が利用したなどということはないんですよ」
「ということは、今のお話では、予定が空いている時に、誰かが埋まっている方が、埋まっているけど誰もいない時より多いかも知れないということでしょうか?」
と松島が聞くと、
「そういうことになると思いますね」
と八島は言った。
「なるほど、今までのスケジュールで、八島さんが半分は使ったとして、それ以外の日は、結構埋まっていましたか?」
と聞かれた八島は、
「そうでもないと思います。最初こそ皆、この4人で借りるマンション計画に乗り気だったんですが、蓋を開けてみると、意外と誰も借りる人がいなかったということで、ある意味、企画倒れというところですね」
と言って笑っていた。
「でも、八島さは、これだけ半分以上も借りているのであれば、十分なんじゃないですか?」
と言われて、
「ええ、家賃は皆平等ですからね。最初は、翌月に使った率で計算しようということも計画にはあったんだけど、面倒だから、一律でと言い出した人がいましてね。私としては、その方が断然得なので、二つ返事で賛成しましたよ」
と言って笑っている。
八島というこの男は、絶えず笑っているのが、その性格のようだった。
「刑事さん。こういうマンションの利用方法は結構あるようで、自分たちのように、会社が都心にあって、帰るのが大変な人間にはありがたいんですよ。そう、しょっちゅう、ホテルにも泊まれませんからね。2,3回ホテルに泊まるのと同じ値段で、自分の部屋が持てるんだから、ありがたいものですよ」
というので、
「自分の部屋ですか?」
というと、
「それはそうでしょう? ホテルに泊まったって、前には誰が宿泊していたのか分かったものではない。その点知っている者同士で借りているんだから、それほど気にするほどのこともない。これこそ、友達がいて、よかったなと思えることなんですよね」
と八島はいうのだった。
相変わらずニコニコしている八島を見ていると、まるで自分が手玉に取られているような気がして、気になるところであったが、
「彼の言っていることはもっともなことだよな」
と感じた松島でもあった。
松島が、気になったのは、
「今回殺されていた人間が、果たして誰なのか?」
ということである。
マンションの部屋で、まったく関係のない人間が死んでいたということになれば、事件性が変わってくる。
「どうやって部屋に入ったのか?」
「この部屋でどうしてしななければいけなかったのか?」
「この部屋に関係があるとすれば、被害者の方なのか? それとも犯人の方なのか? 両方なのか? それとも、まったく関係のない人間なのか?」
ということである。
一番最後の考えは、事件を根底から覆すもので、んるべく、事件に関係のある人間であってほしいところであった。
ただ少なくとも、管理人や、マンションの近隣住民には知られている顔ではなかったようだ。
八島の話を聞くと、
「たまにしか利用しない後の3人のうちの一人」
ということになるのであろうが、まずは、被害者の特定が一番先決なことである。
「とりあえず、八島さん、あとの3人に連絡を取ってもらえますか?」
と言われた八島は、
「今ここで、早急に知りたいことですよね?」
と聞くと、
「ええ、申し訳ございません。殺人事件の捜査ですので」
と松島は言った。
「分かりました。連絡を取ってみます」
と言って、八島は、席を外して、電話を掛けに行った。
そして、15分ほどして帰ってきて、
「2人とは連絡が取れましたが、一人とは連絡が取れませんでした。その人は、M物産の、海運事業部の社員である、一の谷さんという人です」
と言われた松島刑事は、
「M物産の一の谷さん? どこかで聞いたことがあるような……」
と、松島刑事が思い出そうとしていると、
「確か、何かの事件で容疑者にされそうになったというようなことを言っていましたね。理解関係があるというだけのことで、警察がしつこかったって、ぼやいていましたけどね」
と言われて、
「ああ、そうか、1カ月ほど前の、板金工場で起こった殺人事件ではないでしょうか?」
と松島がいうと、
「ああ、確かそんな事件だったような話をしていました。警察がいうほどの関係が深いわけではないといっていましたね。警察というところは、自分たちが思っているよりも、相当重箱の隅をつつくような捜査をするんだって、ウンザリしていました。私もそれを聞いて同情したくらいです」
と、八島は言った。
ただ、八島は、
「おかしいな。あの顔は、一の谷氏ではないような気がしたんだけどな」
というと、
「じゃあ、他に誰か、あの部屋に入ったということだろうか? あの部屋に入るには、当然カギが必要で、あそこはオートロックなので、そう簡単に侵入はできない。ということは、誰かカギを持っている人が呼び出して、そこで殺したということになるんだろうか? ということになれば、私もその中の一人ということになり、容疑者の一人になってしまいますね」
と八島がいうと、