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能と狂言のカオス

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「あれだけの臭いがしたのだから、吐血だということは、ハッキリと分かりますよ。何しろ口から、血が流れていましたしね」
 というのだった。
「これはどういうことなのだろう?」
 鑑識も少し、戸惑っているようだった。
 自分では、
「よく分からない」
 とでもいうかのように、目の焦点が合っていなかったのだ。

                 賃貸の4人

 今回の事件において、まず最初に意外だったのは、被害者の血の行方だった。
「確かに、急に血が凝固するというのは、おかしな話のように思えますが、逆に言えば、吐血をしたのが、死亡推定時刻よりもかなり後で、そう、発見1時間くらい前だったら、こういうこともあるかも知れないだろうけど」
 と鑑識が言った。
「それなら私も分かるんだが、死亡推定時刻に間違いはないんだろう?」
 と聞かれて、
「ええ、ほぼ間違いはないと思います。少し誤差があっても、前後、半時間という程度だと思います。だから、死亡推定時刻も、少し幅を取ったとしても、11時から、1時までの間ということになるんじゃないでしょうか?」
 と鑑識が言った。
「発見されたのが、6時頃、ということは、血を吐いたのは、どんなに早くても、4時前ということはありえないということだよね?」
 と聞くと、
「ええ、それで間違いないと思います」
 すると、奥さんも口を開いた。
「少なくとも、12時までは、そこの扉が開いていなかったのは間違いないと思います。私は、その時間、一度表に出ているんですよ。これも日課で、一度その時間に表の汚れ具合を見ることにしているんです。なぜかと聞かれると日課だとしか言えないんですが、とにかく、12時までは、隣の扉が開いていなかったのは確かです」
「ということは、犯人は12時以降に、扉に細工をして出て行ったということなんでしょうね。ただ、殺害したのがいつなのかということは別にしてですね」
 と鑑識が言った。
「とにかく、詳しいことは解剖と、部屋に残った血液の鑑定結果を待つしかないわけだ」
 と、松島刑事は言った。
 その結果が出るまでは、まだ少し時間が掛かることだ。
 そこで、再度、奥さんへの事情聴取に入った。
「奥さんとは、こちらのご主人とは面識はあるんですか?」
 と言われて、
「ほとんど遭ったことはなかったと思うんですが、ちょっと気になったこととして、断末魔の表情というんですか? 顔が恐ろしい形相だったので、何とも言えないんですが、どうも私が知っているご主人とは違う人のように思うんですよ」
 と奥さんが言った。
「じゃあ、別人が殺されていたとでも?」
「もちろん、さっきも言ったように、死に顔だったので、ハッキリとは言えないんですが、どうも違うような気がするんですよ」」
「隣の旦那さんは、一人暮らしだったんですか?」
 と聞かれた奥さんは、
「ええ、確かそうだと思います。出入りする人を見たことがありませんし、隣が静かすぎるくらいというのもありましたからね」
 と、状況判断だけの話なので、全面的に信じることはできないと思ったが、ウソをつく理由もないだろう。どうせすぐに分かることだからである。
 そんな簡単なことくらい分かっているつもりだったが、
「どうも、この奥さん、少し胡散臭い感じがするな?」
 と思ったが、それを人にいうわけにはいかなかった。
 刑事の勘と言ってしまえばそれまでだが、だからと言って、証言をすべて怪しいと思うのはおかしい。確かに今のところの証言は、すべてにおいて、
「ウソのようだ」
 と考えるのは、それこそ偏見というものだろう。
 後で分かったことであるが、確かに奥さんの言っていることに間違いはなかった。
 確かにここで死んでいた人間は別人だった。指紋を採取してから分かったのだ。
 被害者は確かに、前の事件に関係のある人の指紋であったが、この部屋の主要な部分から採取された指紋に、ほとんど同じものはなかった。
 拭き取った後もないことから、指紋の付き方におかしなところはない。
「では一体、ここで死んでいた人間は誰だったというのだろうか?」
 という疑問が残り、さらに、
「じゃあ、犯人は、ここの住人?」
 とも考えられた。
 松島刑事は、奥さんの話をある程度、というよりも、適当に聞いて、管理人に話を聞きにいったのだ。
 実は、奥さんとしては、
「助かった」
 と思った。
 実は奥さんは、1カ月前の事件の被害者を知っているだけに、
「そのことについて何かを聞かれたくない」
 と思っていた。
 それだけに、刑事がすぐに、事情聴取をやめてくれたことはありがたかったのだ。
 逆にもう少しここで立ち入った話をしていれば、事件の解決はもっと早かったかも知れないと思えただけに、後になって後悔することになるのだった。
 とにかく。事情聴取から免れた奥さんは、ホッと胸をなでおろしたというところであろう。
 管理人のところに話を聞きに行った、松島刑事は、
「先ほど、マンションの一室で、殺人事件があったんですが、ご存じですよね?」
 と聞かれた管理人は、
「ええ、507号室で殺されていたんですよね?」
 と聞かれた松島は、
「ええ、そうなんです。ただですね。少し気になったんですが、第一発見者である、506号室の奥さんの話では、どうも、あの部屋の人と違うというようなことを言われていたんですが、どうなんでしょう?」
 と聞かれた管理人は、
「ああ、奥さんがそう感じたのは、無理もないかも知れないですね。あのお部屋は、契約者はおひとりなんですが、皆さんで、お金を出し合って借りている部屋なんですよ。利用するのは基本的にいつもおひとりで利用していて、お仕事で帰りが遅くなったりする時や、飲み会で遅くなった時などに、それぞれで示し合わせて使っているようなんです。だから、毎日いるとは限らないし、部屋の中に入られて思われたでしょうが、異様に家具が少ないと思いませんでしたか?」
 と言われてみると、
「確かにそうですね。一通りは揃っているようですが、テレビもなければ、楽しむようなものは何もない。まるで、寝に帰っているだけのように見えて、それが違和感だったんでしょうかね?」
 と答えた。
 管理人に言われて初めて違和感の正体が分かったが、確かに違和感があったのは間違いない。
 この部屋の男には、生活感なるものがまったくなかったと今思い出してみると、
「洗濯機がなかった」
 ということが、すべてを表しているようだった。
 キッチンに、ガスレンジもなかったのも違和感だったが、料理をしない人は結構いるだろう。電子レンジと冷蔵庫はあるので、生活感がないというところまでは、キッチンを見ている限りでは分からなかった。
 しかし、洗濯機ともなると、さすがに違和感があった。
「コインランドリーに行けばいい」
 と言われればそれまでだが、そもそも、洗濯物自体が見当たらなかったのだ。
 なるほど、皆で資金を出し合って借りているということであれば、その理屈も分からなくもない。洗濯は、家に持って帰ればいいわけだからである。
「ということは、隣の奥さんの証言だけでは、分からない部分もあるということですね?」
 と聞くと、
作品名:能と狂言のカオス 作家名:森本晃次