能と狂言のカオス
という思いから、
「腹が立つ」
という自然な感情が沸き上がってきて、それを表現すると、
「正義感」
という言葉になったのだとすれば、分からなくもないが、普通にこの言葉を聞いた人がそこまで相手の考えていることを推理してくれるだろうかと思うと、まずできるわけがない。
何しろ、その人が密かに抱えているトラウマなのだから、超能力があったり、その人が神様でもない限り、ありえることではないであろう。
そういう意味で、
「どうして警察官になったのか?」
といきなり聞かれると、すぐに答えられないのが普通の人間というものだ。
絶えずそのことが頭の中にあるのであれば、無理なく出てくるだろうが、それこそ余計な発想であり、普段からそのことを考えていると、却って、毎日の業務の障害になってしまうと考えた方がいいだろう。
それでも、即答できるとすれば、定型文のような、
「正義感」
というベタな言葉しか出てこないだろう。
だから、ベタな答えを聞き飽きたと思うのは当たり前のことで、聞かれた相手が、絞り出すようにして出てきた答えこそが、その人の本心なのだと思うのだった。
そういう意味で、
「前向きでポジティブなことが重要である」
ということに、絞り出す時に気づくはずなのだ。
だから、与えられたことを、自分のやりがいなどに対するミッションと捉えることができれば、それが、その人の、
「警察官になった意義」
なのではないだろうか。
それは人それぞれにあるだろう。
警察官の数だけあると言っても過言ではない。だから、答える時も絞り出すように答えるわけだから、簡単に出てくるわけではないということで、
「それだけ言葉に重みがある」
と言ってもいいのではないだろうか?
それを思うと、
「今の自分は、そのことを
思い出そうとしているんだろうな?」
と、松島は感じていた。
一口に人の身柄を拘束するという意味で、誘拐、略取などがある。
略取というのは、暴力や脅迫によっての強制的なものであるのに対し、誘拐は、欺罔、誘惑などの間接的な手段を用いて、人の自由を奪い、自己または、第三者の管理下に置くというものである。
そういう意味で、誘拐というと、基本的にそれだけにとどまらない場合が多い。
つまり、誘拐することで、利害関係のある人に対して優位性を持ち、その相手に、何らかのいうことを聞かせることを目的とするものだろう。
目的によって言われる誘拐として、
「営利目的の誘拐」
あるいは、
「身代金目的の誘拐」
とに、大きく別れることになるだろう。
前者は、営利だけではなく、猥褻、結婚目的もこれに入るので、本人に対しての加害を目的とし、身代金目的の場合は、その名の通り、金銭と誘拐した相手の交換を目的としたものになるのだ。
そういう意味では、営利目的の誘拐は、拉致と言ってもいいかも知れない。
そういう意味で、営利目的の場合の、猥褻、結構目的の誘拐の場合は、あまり表沙汰になることは犯人の意図するところではないだろう。事件として表にでることは少ないかも知れない。
逆に身代金目的となると、犯人が、今回のように、誘拐を予告するというのは、あまり考えにくい、なぜなら、誘拐が最終目的でなく、あくまでも、誘拐した相手を交換条件として、金銭を得ることが最終目的になるのだから、当然犯人側とすれば、
「警察には知らせるな。知らせると、人質の命はない」
というのは当たり前のことである。
誘拐犯としても、誘拐だけならまだしも、殺人犯などにはなりたくないだろう。目的は殺人ではないのだ。金さえ入れば、あとは、身の安全さえ保障されればそれでいいということになる。
ただ、誘拐というのは、結構難しいものではないだろうか。
まず、誘拐するには、基本的には一人では難しい。誘拐するだけで、数人の手を煩わせることになるだろう。
相手が睡眠薬で眠っていたり、自由を奪われていれば、一人でもできるだろうが、相手だって、自由を奪われようとすれば、必死で抵抗するはずなので、そう考えると、1対1というのは、実に無謀だと言ってもいいだろう。
さらに、監禁するための、場所の確保、その場所が人には知られないような厳重な場所っであったり、そこに誘拐した人がいるということを人にバレないようにしないといけない。
それを思うと、誘拐という犯罪は、結構なリスクを伴うことだろう。共犯者が必要なわけなので、当然のことながら、彼らに対して、金銭的な見返りが必要になる。そうなると、誘拐を企てた時点で、成功した時に得られる金銭は、すべてが自分のものになるわけではなく、最初から半分あるいは、それ以下になってしまうのが分かっている。
当然、誘拐は成功しなければ、すべてを失うという意味で、中途半端なことはできない。
復讐にしても、身代金目的にしても、
「成功することありき」
なのであった。
そういう意味で、今回の犯罪は、なぜ最初に予告があったのか、よく分からない。しかも、半年前には同じように誘拐したと電話がかかってきたり、脅迫状が届いたりしたにもかかわらず、
「実は誘拐などという事実はなかった」
ということで、
「人騒がせないたずら」
ということになったのだ。
もちろん、それだって相手に対しての脅迫ということで、脅迫罪が成立するだろう。当然、形式的かも知れないが捜査が行われ、指紋等の物証というのは証拠として残り、調書も残されているのである。
ただ、真剣に捜査をしていたわけではないし、それ以降、何も起こらなかったわけなので、犯人が逮捕されることはなかった。
だから、捜査員の中には、今回も、
「前の時と同じで、愉快犯か、前の事件を知っていての、模倣犯のようなものかも知れない」
と思っている人もいるだろう。
だが、実際に警察の目を盗んで、誘拐などできるのかどうか、不思議だった。
まるで、昔の探偵小説を読んでいるかのような、誇大演出による、カウントダウン。それこそ、小説を模倣したという意味で、愉快犯のイメージが強かったのだ。
だから、カウントダウンがゼロに近づいて行っても、警察の方では緊張感はさほどなかった。
それよりも、
「早くゼロになって、何もなかったことでホッとした気分になれればいい」
と、却って、カウントダウンがゼロになるのを待ちわびているくらいであった。
誘拐されると予告された女の子は、高校2年生の女の子で、眼鏡をかけた、実に静かな女の子で、クラスでも目立たない存在だった。
「家が金持ちだ」
ということを知っているクラスメイトも少なく、昔であれば、女王様扱いされるくらいだったのだが、本人がおとなしい性格ということからなのか、それとも、今の時代は、近所づきあいと同じで、クラスメイトであっても、別に仲良くもない相手のことは、どうでもいいと思っているからなのか、ほぼ誰も気にしていないというのが、本音であろう。
だから、警察が、学校近くで張り込んでいても、誰も何もいうことはない。目ざとい人は、当然気づいているだろうが、自分に関係のないことでは、何も言わない。
下手に先生に言って、もし、それが何でもないことだったら、先生から、