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能と狂言のカオス

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 と奥さんは言った。
 ひょっとすると、ずっと黙っていた間に、いろいろと自分の中で、
「どうすればいいのか?」
 ということをシミュレーションしていたのかも知れない。
 それを思うと、
「この奥さんは、私が思っているよりも、かなり頭のいい人なのかも知れない」
 と、誇らしくも思えるが、何か末恐ろしさも感じられる。
 少なくとも、この場でのマウントは取られているからである。
 マウントという言葉は、元々、
「上がる、登る」
 などという、マウンテンから来る、山に登るというところから来ているのか。それが転じて、
「取り付ける」
 などという、一種のコンピュータ用語にも使われているが、最近では、
「マウントを取る」
 という意味で、
「自分が相手よりも上だ」
 という意味や、
「お前は自分よりも下だ」
 ということなどで、自分が相手よりも優位に立つなどという時に使われたりするものである。
 そういう意味で、この時の奥さんは、完全に、旦那に対して、
「マウントを取っている」
 と言っていいだろう。
 一度、マウントを取ってしまうと、よほどのことがない限り、その立場が変わることはない。つまりは、マウントというのは、
「先手必勝だ」
 と言ってもいいだろう。
 考えてみれば、脅迫する方と、される方、立場は最初から分かっている。脅迫する方は、マウントを取っていて、脅迫される方はマウントを取られている。そこには、絶対的に逆らえないものを相手に握られているからだ。
 そういう意味で、今の主人は、犯人からも、奥さんからもマウントを握られていた。下手をすれば、
「何とも頼りにならない旦那だ」
 と思われるだろうが、本人とすれば、
「目の中に入れても痛くない」
 と思っている息子が誘拐の危機にあるのだから、心中穏やかでないのは、当然のことである。
 そのわりに、自分のお腹を痛めて生んだ息子のはずなのに、ここまで冷静なのは、
「女という動物が、いざとなれば、度胸を示すことができるからなのだろうか?」
 それとも、マウントを掴むことで、絶対的な自信を持つことができるというものなのか、正直分からなかった。
 そんな奥さんの話にあった刑事が、ここはさすがにこの主人の裏の力を使うことで、専任という形で、
「誘拐事件を未然に防ぐ」
 という名目の元、派遣されることになった。
 名前を、松島刑事という。
 松島刑事は、この間の殺人事件も捜査していたが、
「前回の誘拐未遂事件を担当していた」
 ということで選任された。
 最初は、
「何で俺なんだ?」
 と思っていたが、実際に来てみると、以前の屋敷からそんなに離れていないことに、刑事の勘として、怪しいものを感じたことで、自分の中では、俄然やる気になっていたのだった。
 本当は、あの時にいろいろ話をした鑑識の人もいてくれると、いろいろな発想が生まれるような気がしたので、力強い味方のように思っていたが、何しろこっちはまだ事件としては成立していないもので、しいて言えば。脅迫ということが犯罪としてクローズアップされているだけであった。
 あの時に話をした、
「フレーム問題」
 であったり、
「事実と真実についての発想」
 など、いろいろな話をした思いがよみがえってきたのであった。
 だが、実際に自分が選ばれて、誘拐事件にかかわるというのは、
「これも何かの縁だ」
 ということを考えると、まだ発生していない事件ではあったが、前の近隣の事件のこともあるので、その関連性があるのかどうなのか、今は不気味な感じがしてきたことで、これを刑事の勘だと思うのであれば、自分がここにいる意義もあるのではないか? と感じたのだった。
 二人から、あらましを聞いたり、脅迫状、さらには、脅迫電話の録音を聞いたりした中で、どこまでが犯人にとって本気なのかというところが見えてこないところに、松島は刑事としての感覚が分からない状態になっていたのだった。
 ただ、旦那と奥さんの話を聞いていると、
「旦那は、どこか、まだリアリティを感じていないが、そのせいなのか、不気味な怯えを感じているようで、奥さんの方が、リアリティに溢れているが、そこまで心配そうに見えないのは、何か自分の中で覚悟を決めているのか、それとも、旦那を見ていて、自分がしっかりしないといけないと思っているからなんだろうか?」
 という風に感じられたのだった。
 とりあえず、捜査の第一段階ということで、まず、
「捜査のいろは」
 を実践することにした。
 脅迫電話がかかってきた時のために、逆探知の用意。さらに、脅迫状に書かれた指紋の採取などという、いわゆる形式的な捜査や、これからの準備を整えることにして、それを夫婦に告知すると、
「分かりました。よろしくお願いします」
 という回答が返ってきたのだった。
 そこで、鑑識にお願いし、脅迫状の指紋を採取してもらうことにしたのだが、そこに残っていた指紋というのが、
「半年前に残っていた指紋と同じものだった」
 ということであった。
「これは、もう偶然では片付けられないよな」
 と鑑識員にいうと、
「そうですね。あの時は、本人の指紋しかないので、わざとかも知れないというのを、ラップのせいで、指紋を拭きとったのではないと答えたので、指紋がそれだけしかなかったことを疑うことはなかったけど、今回にも指紋が残っていて、同じ指紋だということは、そこに何らかの意図があるということでしょうね?」
 と、今度は松島刑事が、
「そうだね。こうなると、この二つの事件は関係があり、さらに、先日の殺人事件にも関わっているということになると、この事件はすべてどこかで繋がっているというのを、警察に知らせていることになるわけだが、その理由がどこにあるのかというのを考えると、難しい判断になってくるんだろうな」
 と、答えたのだった。

                 誘拐の種類

「指紋が、自分をいろいろな、一見関係のない事件との間を結びつけている」
 というのは、何か気持ち悪い気がしたが、逆にいうと、
「これは、自分に与えられたミッションのようなものではないか?」
 とも思えたのだ。
 それを思った時、
「こういう考え方が、ひょっとすると、元々自分が警察官になろうとしたきっかけと結びついているのかも知れない」
 と感じたことと、関わってくるのか知れないと思った。
 普通、誰かから、
「どうして、あなたは警察官になりたいと思ったんですか?」
 と聞かれたとすると、
「正義を守りたいから」
 などという、ベタな回答は、聞いた本人も、
「そんな聞き飽きた回答を求めているのではない」
 と思い、聞いていて、腹が立ってくるかも知れないレベルである。
 もし、自分がその立場だったとすれば、間違いなくそう思うに違いない。
 ということは、どういうことを考えているのかというと、まずは、
「やりがい」
 というところから来るであろう。
 そうでない場合に考えられることとしては、今まで生きてきた経験から、目の前で犯罪が行われ、それに対して無力だったということが証明されるようなトラウマを持った経験をしていると、
「二度とあの時のような後悔や、悔しさを感じたくない」
作品名:能と狂言のカオス 作家名:森本晃次