小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

遺書の実効力

INDEX|8ページ/24ページ|

次のページ前のページ
 

 実際に罵声の矢面に立っていると、数日くらいしか経っていないのに、すでに、1カ月くらい経ってしまったかのように感じ、想像以上にストレスが溜まっているのが分かった。
 息子でそんなくらいなのに、ほとんど一緒にいて介護している母親には、身体が衰弱している分だけ、時間を感じていることだろう。
「1か月もこんな罵声を浴びていれば、精神が肉体を蝕むのは、時間の問題なんだろうな?」
 と感じたのだ。
 確かに母親の衰弱はみるみるうちにひどくなってきた。
 まわりの人は罵声の事実を知らないので、
「それだけ看護がきついのだろう」
 と、母親の精神よりも、肉体の方がついていっていないように見えることだろう。
 逆に母親の方は、肉体の強靭さでもっているのだろうが、精神が後からついていっていることで、今のところ倒れずに済んでいるだけだった。
 何かで急に精神的にキレてしまいと、母親も一気に倒れてしまうのは分かっていた。
 それでも何とかもっているのは、それだけ母親の精神力が強いのか。それとも、父親が、最後の禁じ手というべきワードをうまく言わずにここまで来たのかということだろう。
 それでも、息子から見て。
「実際に、1カ月がピークではないだろうか?」
 と思っていた。
 最初の数日で、これだけ精神的に参ってしまうのだから、本当に時間の問題だったに違いない。
 そうは言っても、母親のやつれはひどいものだった。10日も経てば、さすがに先生も怪しいと思い、母親にカウンセリングをしているようだった。
 主治医は、精神科でも勤務したことがある人だったので、きっと早めに母親の異変を見つけてくれたのだろうが、息子から見れば、
「これでも、まだまだ遅いくらいだ」
 というくらいであった。
 ただし、その頃になると、父親もだいぶ衰弱しているようで、やつれがひどくなっていくようだった。
 それでも、罵声はとどまるところを知らない。
 数日、身体の窶れから、罵声はなかった時期があったが、その間に母親が元に戻るかと思ったが、その寸前に、父親の方が身体が楽になったのか、また罵声を浴びせ始めた。
 母親は、我慢できないピークが、あとどれくらい続けばいいのか、一拍あったことで、少しは伸びたかも知れない。
 そんな周期が、数日間の間で繰り返されるようになった。
 それから母親も少し変わっていった。最初は何かにショックを受けたようだったが、父親から罵声を浴びせられても、そこまで精神的に追い詰められることはなくなっていた。
 崇城はその理由が分からなかった。分かろうとも思わなかったが、母親が少しずつ復活していくことはよかったと思うのだった。
「一体、どうすればいいんだ?」
 という感情があるのは変わらなかったようなので、母親の中で、何かの開き直りがあったとしか思えなかった。
 それがどこから来るものか、それが分かったのは、1カ月後のことだった。
 その頃には、父親は発作を起こすようになっていた。そして、その発作の感覚がどんどん短くなっていく。
 そしてある日、母親が崇城に話をしてくれたのだが、その内容を聞いてもすぐには理解しかねたのだった。
 なぜなら、
「あれだけ罵倒できるだけの気力も体力もあるのに」
 というものだった。
 それでも、本来ならショックなはずのその言葉に、どこか安心したところがあった。
「これで正常な精神状態に戻ることができる」
 というのが本音だった。
 母親から言われたその内容というのは、
「お父さん、実は癌なの。先生からは、もって3カ月と言われていたの」
 ということだった。
「そっか、お母さんがあれだけ言われて我慢できてる理由はそこにあるんだね?」
 というと、大粒の涙を流しながら、
「ええ、そうよ、本当はお父さんのことはあなたにずっと話さないつもりでいたの。余命三カ月などということを聞いて、あなたが動揺してしまい、お父さんに悟られたらまずいわと思っていたから黙っていたんだけど、あなたも私と同じようにノイローゼになってしまいそうに見えたので、これはまずいと思ったのね。だから、あなたにだけは話しておく必要があると思ったの。だから、あなたもお父さんに悟られないようにしてね」
 というではないか。
「そっか、そういうことなら分かった」
 と、それまでのいくつかの疑問がほとんど解消されたような気がした。
 そう言って、考えていたが、
「そっか、そういうことなら、俺も我慢できるような気がする」
 と感じていた。
 だが、あの父親の罵声に対して、余命3カ月の相手だと思うと、どこまで、どのように我慢していいのか分からなかった。
 このような捻じれた状況での我慢というのが、どれほどのものか、崇城には分かっていなかったのだ。
 逆に知ってしまうと、自分の方としても、変に開き直り、
「売り言葉に買い言葉」
 下手をすると、ふとした表紙に、本当のことを言ってしまうかも知れない。
「とにかく、こういう状況で一番自分を楽にできるのは、開き直ることしかない」
 と感じた。
 だから、開き直るために、父親に本当のことを教えて、それがきっかけで、罵声も飛ばないのであれば、その方がいいと考えたりもした。
 ただ、もう一つの感覚で、
「お父さん、本当のことを知ってるんじゃないかな?」
 ということだった。
 本当のことを知っているからこそ、父親なりの開き直りがあの態度ではなかったのだろうか?
 今まで、聖人君子を務めてきたのは、まわりの期待にこたえなければいけないという使命感のようなものがあるからなのかも知れない。
 あれこそが、父親の開き直りであり、我慢の限界を超えたことが、いかに押し殺してきた本性を現したのだと思うと、
「こんなにまで我慢していたんだ」
 というほど、可哀そうに思えてくるのだった。
「いいの? お母さんはそれで」
 と、何がいいのか分からなかったが、母親が何か、完全に開き直れていない感じがしたので、思わず聞いてみた。
「いいのよ。お母さんもあんたに相談して気が楽になったからね」
 という。
「俺と母さんは、今は同じ思いに違いないと思っているので、その母さんがいいというのであれば、それでいいとも思うけど、お父さんも気の毒な人だったんだな」
 というと、
「私はそうは思わない。聖人君子のようにしていたのは、お父さんが絶えず何かを我慢していたわけではなかったんだと思うのよ。最初はそうだったのかも知れないけど、お父さんはお父さんなりに、どこかで開き直りができたのね。そうじゃないと、あんなに聖人君子にはなれないものね。でも、今度は死ぬということが襲い掛かってきた。お父さんは開き直りの代償に、今までの我慢を発散させなければいけない状態になった。もし、開き直れなかったとしても、結果は一緒だったのだとすれば、これがお父さんにとって一番いいことなのかどうかは分からないけど、見えている人生を全うするには、いまさら変えることはできないんだって思うのよ」
 というのが母親の意見だった。
 罵倒をまともに浴びながら、ここまで考えがまとまっていることに、息子としても感銘を受けた。
「やはり、夫婦というものなんだな」
 と感じると、
作品名:遺書の実効力 作家名:森本晃次