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遺書の実効力

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 と思うようになった。
 そう感じたのが、影を見ることができなかったあの日から、1週間くらい経ってからであろう。
 一度、緊張の糸が切れてしまうと、もう心配をすることもなかった。
「お父さんにそんなことがあったなんて、誰にも言っちゃあダメなんだ」
 と思った。
 あくまでも、自分の勘違いであり、それをいまさら蒸し返すようなことはありえない。そんなことを口にすると、皆が変に気にするかも知れない。
 特に母親は、超常現象のようなことを気にするところがあるので、変に騒ぎ立てると、後になってから、
「あんたが、変なこというから、あれからなかなか寝付かれなくなっちゃったじゃない」
 などと言われるかも知れない。
 それは、本当に眠れる眠れないにかかわらずである。要するに、因縁をつけて、自分の正当性を訴えたいのだろう。
 父親は逆に、超常現象というのは信じてはいないが、その代わり、病気などには、神経が過敏になっていて、すぐに病院に診てもらいに行く方だった。
 それは家族に対しても同じで、ちょっと風邪を引いたというだけで、子供の頃は、熱もないのに、小児科に連れていかれたのを思い出していた。
 父親は、聖人君子のようなところがある割には、神経質なところがある。
「聖人君子なところと、神経質なところは関係ないよ」
 と言われるが、父親を見ていると、
「一概に、そうとは言えない」
 と言えなくもなかった。
 神経質な人間は、いい面悪い面、両方を持っている。父親の場合は、いい方なのだろうと思うのだが、普段が聖人君子のような人なので、却って、神経質な時は、いい方に神経質であっても、悪く見えてくるのは、ある意味、損な性格なのかも知れない。
 父親は、結構細かいところがあった。だから、神経質と言われるゆえんなのだろうが、仕事の上では、あまりいいことではなかったようだ。
 まだ、40代前半で、会社では課長クラスだという。
 家では、仕事のことを一切話さない父親で、完全に、仕事と家庭を分けているようだった。
 ただ、たまに、会社の話をすることがあった。そんな時は何かの共通点があるのだろうが、実際に話を聞いてみると。いつも同じことを話しているのだ。
「前に同じことを聞いたんだけどな」
 と思うが、さすがにそれを戒めることはできなかった。
 そんなことを言ってしまうと、神経質な父親は、必要以上に、考え込んでしまうかも知れない。
 他人に対しては聖人君子のようなところのある人だったが、こと自分のことに関しては、実に不器用だった。母親からも時々、
「お父さんは、生き方が不器用だから、損をすることもあるのよね」
 と言っていた。
 神経質なのは、その意識があるからだろうか? 不器用だから、器用に生きようとしても難しい。だから、堅実に生きようと考えたのかも知れない。
 そう思うと、父親の考えが少しだけ分かってきたような気がした。
「不器用な生き方しかできないから、真面目でいようと思うんだ」
 と言っていたが、見ていると、逆に、
「真面目な生き方しかできず、損をすることが多いので、不器用なんじゃないかな?」
 ということが、父親の短所だと思い、それが自分にとっての、
「反面教師ではないか?」
 と思うようになったのだ。
 高校生の崇城にとって、父親は反面教師であり、不器用な生き方しかできない人だという認識の方が強かったのだ。
 病に倒れ、闘病生活を続ける父親であったが、崇城自身は、大学に合格して一段落したつもりだったので、とりあえず、自分のことが落ち着いた後でよかったとは思っていた。
 だが、父も、闘病生活が長くなり、母親も看病から、心痛の状態が続き、崇城の時々、自分が変わってあげてはいたが、さすがに母親も仕事を続けるのが難しくなり、会社を、
「休職」
 することになった。
 そんな父が急変したのは、入院してから、3カ月後だっただろうか? 容体は、それほどひどいようには見えなかったのだが、入院しても、いまだに聖人君子のようにまわりに接していたその態度が急変したのだ。
「いつも、済まないな」
 と言っていた父親が、明らかに苛立っている。
「何で、この俺が」
 や、
「あぁ、イライラする」
 というような、愚痴は不満をこぼし始めたのだ。
 母親は、神妙な顔をして、じっと耐えていた。そんな母親に対しても何か苛立ちを感じるようで、母親に対しての苛立ちは尋常ではなくなっていた。
 さすがに、モノを投げつけるというところまではいっておらず。とりあえず、身内にだけ辛く当たっていた。
 崇城に対しても、今まで見せたことのない面を惜しげもなく見せるようになった。不満の理不尽さは、それまでの聖人君子に見えた父親の反動であるかのようだった。
 しかし、表向きには、まだまだ聖人君子で、会社の人の見舞いにも快く応じ、医者の治療にも、今までと態度が変わっていない。
 だから、父親の急変を、まわりの人は知る由もなかっただろう。
 母親は、たまりかねて、主治医に精神的な異変を相談していたようだが、本人がどのようになるか、医者にはその様子を見せないので、医者も何をどうすればいいのか分からないからか、
「患者さんは心細くなっているだけですから、周りの人が支えてあげるしかないですよね?」
 と言われてしまうと、母親も、
「そうですね」
 と言って引き下がるしかなかった。
 母親にしてみれば、自分だって、そんな相談をしたくはなかったはずだ。それを意を決する形で思い切って相談しても、この状態であれば、どうすることもできない。
 それを思うと、息子から見ていて、母親の方が心配だった。
 と言いながら、自分もいつキレるか分からない。
 それとも我慢しすぎて、参ってしまうことになりはしないかと思うと、そちらも怖かったりする。
 それまで、聖人君子だと思っていた相手が、ここまで豹変するのだから、余計に精神的にはきつい。
「今まで一番の理解者だと思っていた相手が、急に、世の中で一番接しにくい相手になり、だからと言って見捨てることのできない、そんな立場は、そんな風になってしまったことにより、抜けられない、
「負のスパイラル」
 に落ち込んでしまったということなのであろう。
「病気でさえなければ、離婚だって考えたのに」
 と思っているかも知れない。
 離婚という逃げ道すらなくなってしまった母親を見ていると、お互いに、自分たちだけしか仲間がいないことを悟っていた。
 もし、父親の急変が、他の人にも及んでいれば、もう少し精神的にも楽だったのかも知れない。
「私はどうすればいいの?」
 気分的には四面楚歌で、追い込まれていただろう。
 いくら父親がまわりに隠そうとも、家族の様子を見ていれば、どのような状態になっているかなどということは分かりそうなものだった。
 息子の崇城も、母親を見ていて気の毒に思い、なるべく助けてあげたいと思うのだが、下手に父親を怒らせて、さらに、母親に危害が加わることは、望んでもいないことだった。
 ただ、そんな父親の苛立ちもそうは長くは続かなかった。
作品名:遺書の実効力 作家名:森本晃次