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遺書の実効力

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「お前は私の息子ではなく、私の会社の部長である葛城という男の息子だ。私が結婚してすぐに当時課長だった葛城が、お母さんを無理やりに自分のものにしたのが原因だったのだ。葛城が酔った勢いだったようだが、母親は情緒不安定になるまで苦しんだのだ。しかも、その時に、性的に異常な感情が芽生えてしまい、それが情緒不安定を植え付けることになり、お父さんが、聖人君子と言われるほど我慢しなければいけなくなった。いずれ、葛城に復讐するつもりだったが、もう、それもかなわない。このことを墓場まで持って行こうかというのが、お父さんの最大の悩みだったが、何も知らないでこのまま大人になるのは、お前が不憫だと考えた。復讐をするしないは、もうどうでもいいから、とにかく、お前はお前の道を進んでくれ」
 と父親は書いていた。
 にわかには信じられない内容で、
「こんなこと、いまさら言われても……」
 というのが、本心だった。
 だが、今のままでは、自分が生きている意味もないことが分かったので、とりあえず、大学に入って、大学時代を謳歌することだけは、やろうと思ったのだ。
 大学を卒業して、父親の会社に入ったのも、計画済み。
 今は専務になっている葛城であれば、
「少しでも罪の意識があれば、自分を会社に入れてくれるだろう」
 という計画だった。
「まんまと成功した。まさか、復讐されるかも知れないと思った相手を、入社させるなんて、甘いというよりも、それだけ、この男にとって、母親とのことは、もう遠い過去のことだというだけのことなんだろうな」
 と思うと、怒りがこみあげてくるのだった。
 大学時代にミステリーサークルに入ったのは、殺害計画を考えるのに、ちょうどいいということもあった。おかげで、いろいろなミステリーを研究させてもらった。
 しかし、彼は、自分が捕まることは、別にどうでもいいと思っていた。
 まずは、計画の実行とその成功だけが目的だったのだ。
 父親の遺書を頭で何度もつぶやきながら、会社で仕事をしていた。
 仕事をするのは、別に当然のことだが、会社にいる目的は違った。
「どうせ捕まったっていいんだ。その時は、覚悟を決めて……」
 と考えていた。
 潔く死を選ぶというのも、計画にはあった。そのまあま、行方をくらませるという計画もあった。
 どちらでもよかった。
 ただ、このまま実行してしまうと、母親だけが一人取り残されることになる。ただ、母親を見ていると、どこか、息子である自分に、復讐を託しているように思えてならなかった。
「あんたが、復讐してくれたら、私も一緒に……」
 と思っていてくれているようで、いざ計画が積み重なっていった時、一つ気になったのが、
「駒のピースが一つ足りない」
 ということであった。
 誰かが証人になる必要があった。それを母親に託そうと思った。
 計画を打ち明けて、母親にもその手助けをさせる。
 父親が母親にも別に遺書を残していたのは、このことまで予測していたからではないかと思った。
 計画に参加するしないは別にして、母親にも、今後何が起こっても、息子のために、うまくやってほしいという願いを込めてのことであろう。
 決して母親が悪いわけではないのだが、このままでは、母親が一人になってしまう。
 それは、どうしても、死んでいく父親としては、許容できないことだった。
 最悪、
「二人で、俺のところにくればいい」
 という思いを込めての手紙だったとすれば、これは、遺書ではなく、
「招待状だった」
 といえるのではないだろうか?
「地獄への招待状」
 なのか、
「天国への招待状」
 なのか分からない。
 だが、地獄であっても、天国であっても、家族3人一緒であれば、そこが天国だと、父親は思っていた。
 まさに、死を前にした人間の覚悟の表れと言ってもいいのではないだろうか?
 そんなことを父親は考えていたのではないか? と崇城は考えた。
 そう思えば、覚悟も次第に固まってくる。
 ある日、葛城専務の死体が、あるマンションから発見された。
 そこは密室になっていたようで、カギを持っている人間がいなかった。
 もっとも、カギを持っていたのは、崇城だったのだが、崇城と葛城は、上司と部下ということで、まったく殺意や因果関係のない関係だった。
 その代わり、葛城を思い切り恨んでいる人間がいた。彼には完璧なアリバイがあったので、警察の捜査は暗礁に乗り上げていたのだ。
 さらに、警察はもっと不思議なことを考えていた。
「崇城という男がカギを持っているということですが、あの男のまわりで、一人殺されている人がいるんです」
 ということを話していた。
「それはいつのことなんですか?」
 ともう一人の刑事が聞くと、
「1年前くらいだったんですが、その時には、崇城には完璧なアリバイがあったんですよね? これって、本当に偶然なんでしょうか?」
 と、警察は、実に鋭いところまで、事件に近づいたようだった。
 だが、結局、1年前の事件も、今回の葛城殺害事件も、それ以上の捜査は進展せず、迷宮入りとなった。
 完全犯罪の完成というべきであろう。
「ミステリー研究会にいてよかったな」
 崇城が書いた小説が、大学時代に同人誌に乗っていたが、それが、交換殺人についての話であった。
 しかも、その事件の登場人物は、皆実名だった。
 しかも、存在する人物であり、崇城も本名で登場している。
 そこには、聖人君子のような父親が病気で死ぬのだが、その時に父親が死ぬ間際、情緒不安定になったり、息子に復讐をさせるという内容のことが書かれていた。
 そこでも、事件は迷宮入りとなり、その内容は、
「交換殺人」
 だったのだ。
「交換殺人というのは、もろ刃の剣であり、成功すれば完全犯罪となりえるが、これほどリスクの高い事件もない。ただ、それだけに、最初の方である程度看破できなければ、警察の負けであり、完全犯罪になってしまう。交換殺人において、警察側の大逆転というのはありえないのだ。あるとすれば、小説でのことだけであり、交換殺人が、小説でしかありえないというのは、犯人側から見ても言えることであり、それ以上に警察側から見ての方が実は強いのではないか?」
 ということを、書いているのであった。
 その理屈はまさにその通りで、実に計画通りにうまく行ったことで、さらに、事件は解決されることはなかった。
「この事件、一体どういう事件なんですかね?」
 と、その後で、急転直下、事件が解決したのだ。
 それは、何も警察の手柄でも何でもない。
 犯人側が、何かミスをしたわけでもない。
 それなのに、どうして事件が解決してしまったというのか?
 理由は一つだった。
 犯人が遺書を残して自殺したからで、その横には、母親が一緒に死んでいた。気の毒なのは、共犯というのか、自分の殺してほしい人を殺すという実行犯を演じたやつで、せっかく逃げられると思ったのに、最期の最期で裏切られた。
 だが、彼も、覚悟はしていたようで、最期は観念したようだった。
 なぜなら、
「俺は計画がうまく行っても、失敗しても、この世にはいないからな」
 と言っていたからだ。
作品名:遺書の実効力 作家名:森本晃次