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遺書の実効力

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 そして、遺書としては、少し異例だと思うのは、この期に及んで、父親がずっと秘密にして、自分の胸の奥にだけしまっておいたことを、吐き出したというところではないだろうか?
 というのも、この秘密は家族の秘密であり、父親とすれば、
「物理的な証拠はあるが、なぜ、そうなったのか? ということは分からない」
 ということを書いていたので、それが分からないことで、動けなかったのだという。
 しかし、
「もう私の命は長くない」
 とハッキリ分かっているかのような書き方をしている。
 だからこそ、この遺書を残す気になったのだろう。
「これはあくまでも私の、家族の長としての責任で、解明すべきことだと思ったのであり、これをお前に告白することは随分と迷った。しかし、自分だけが、秘密を握ったまま、墓場まで持っていくというのは、自分としても、許せないと思うので、あとの判断は、息子のお前に託す」
 と書かれていた。
 この手紙を発見したのは、母親が父親の書斎から遺書らしきものを見つけてから、すぐのことだった。
 母親の見つけた遺書は、あまりにも母親のことが多く、自分のことはほとんど書かれていなかったように思った。
 確かに、夫婦の間のことだから、これくらいの気遣いは当たり前だと思ってもおかしくはない。
 しかし、
「父と子は血が繋がっているのだから、あまりにも俺のことを書いていなさすぎる」
 ということで、自分にも何かあるのではないかと思い、自分の部屋を探してみると、確かにあったのだ。
 母親が見つけたのは、父親の書斎。誰の目に留まっても不思議のないところなので、家族のことを書いているのは当たり前だろう。
 しかし、息子だけに知ってもらいたいことや言いたいことがあるなら、場所は、息子の部屋しかない。そう思って探すと、果たして、遺書を見つけることができたのだった。
「お父さんは何が言いたいんだろう?」
 と思って、中身を見てみた。
 なるほど、その内容を見ていると、死の間際になって、それまで聖人君子のようだった父親が豹変してしまったのはどういうことなのか、分かった気がしたのだ。
 そこには、まずこう書いていた。
「私には、4年後の息子の姿が見えるような気がする。その時にはすでに私はこの世にはおらず、息子が立派に成人し、そして、社会人になっていることだろう。できれば、私のいた会社に入ってくれるとありがたいのだが」
 と書かれていたのだ。
 ただ、それはあくまでも願望であり、その遺書を最後まで読み終わった時、息子がどう感じるかということを、最初から分かっていたということなのだろうか?
 そんなことを考えていると、父親の遺書を最後まで読むのが少し怖い気がした。少なくとも、それなりの、
「覚悟」
 というものを持って読まないといけないものだという思いがしたのだった。
 つまり、
「最後まで読んでしまうと、逃げられなくなる」
 というものであり、少し怖い気がしたが、
「遺書を見つけてしまった以上、その時点で最後まで読むことはお約束だった」
 と言ってもいいだろう。
「お前は、これを手に掴んだ瞬間から、運命を私にゆだねることになるのだ」
 と、言って、天国にいるのか、地獄にいるのか、この世をさまよっているのか分からないが、手紙を見つけた瞬間から、ずっとこちらを見ているように感じられ、背筋がゾクゾクしてくるのを感じたのだ。
「お父さんは、どうして、運命を俺に託すようなことをするんだろう?」
 と考えたが、自分の命が幾ばくも無いということを分かっていたからだということだけでは説明がつかないような気がした。
「お前は、お父さんの遺志を継がなければいけないんだ。私たちは、運命共同体で結ばれているんだからな。きっと、お前はこの手紙を最後まで読んでしまったら、私の気持ちを分かってくれ、何をすべきかが、ハッキリとしてくるはずだ。4年という期間があるのだから、ゆっくりと考えるには、十分すぎるくらいだ」
 と書いてあった、
 とにかく、この遺書には、最初の言い訳というか、前置きがかなりのしつこさで長かった。
 それでも、
「少ないのではないか?」
 と思えるほどであり、
「お父さんの言いたいことを、自分に置き換えてみれば」
 と考えると、最初の前置きも、
「決して長いわけではない」
 と思えてくるのだった。
「お父さんが、常々、人の身になって考えなさいと言っていることが、きっと分かってくれるはずだ」
 と、
「自分に置き換えればいい」
 と考えたすぐ後で出てきた時、
「やっぱり、親子だ。考えることだけではなく、感じることもまったく同じではないか?」
 と感じたのだった。
 父親が聖人君子だった理由も、しつこいくらいに書いている。そこには、母親に対しての遠慮があったという。だが、その遠慮が間違っていたことに、気づいたから、この遺書を残す気になったとも書いている。
「お母さんには、気を遣う必要なんかないんだ」
 と強めに書かれている。
「どうしてなんだろう?」
 と思ったが、その理由は、読み進んでいくうちに分かった。
「しょせん、夫婦は他人なんだ」
 という当たり前のことであるが、その深さを感じさせられる言葉に感じたのは、すでにこの文章の書き手が、この世にいないからだ。
 そういう意味で、遺書という言葉自体の意味が大きいのは、
「分からないことがあって、聞きたいと思っても、もう書いた人はこの世にいない」
 という、決定的な変えようのない事実に裏付けられているからであった。
 それを考えると、遺書というものは、効力以上の力を持っているものだと、感じさせられるのだった。
 その遺書に書いてあることとして、
「目の前の事実だけを、正しいと思って信じ込んではいけない」
 と書かれていた。
「世の中には、辻褄の遭うことで、自分に直接関係のないことであれば、それがどんなに悪いことであっても、見逃してしまうだろう。しかし、その中に、悪が潜んでいたり、何かの悪だくみがあったとしても、見逃してしまうということは、もし似たようなことがあった場合であっても、以前に見逃したという前例があることで、今度も見逃してしまうことだろう。いわゆる、オオカミ少年と同じ理屈だ。だから、同じようなことがあったとしても、その時々で事情が違っているということを考慮に入れて、しっかり見ていかないと、相手の術中に嵌ってしまうことだってあるから、気を付けなければいけない」
 と書かれていた。
 さらに、
「警察の捜索でも、一度捜索して、そこに何もなかったら、二度とそこを捜索することはない。犯人にとって、これほど安全な隠し場所はない」
 というたとえ話が隠れていた。
「油断大敵」
 とでもいえばいいのか、オオカミ少年の話だって、同じことが言えるだろう。
「オオカミが来た」
 と何度言っても、一度も来なかった。
 しかし、実際に来た時には誰も信用せずに、食われてしまう。
 まさに、
「油断大敵だ」
 と言ってもいいだろう。
 オオカミ少年と、一番安全な隠し場所という発想は、ある意味同じである。そのことを、その遺書には書かれていた。
「じゃあ、一体何が言いたいというのか?」
作品名:遺書の実効力 作家名:森本晃次