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遺書の実効力

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「好きで好きでたまらないと思っているものは、毎日でも食べ続けられる」
 と思って、毎日食べ続けたとしよう。
 そうすると、ある日を境に、
「見るのも嫌だ」
 というくらいの飽和状態が襲いかかってくるだろう。
 そして、飽和状態になるということが、そのもととなったものは、
「これ以上、自分にとって、好きになれるものはない」
 と思えるほどのものでなければならないものではないかと思うのだった。
「もう、飽きちゃったよ」
 という言葉を聞いて、そのものを与えた人がその言葉を聞くと、かなりのショックを相手に与えることになるだろう。
 しかし、それは実際には逆ではないかと思うのだ。
「飽きが来るほどの自分にとって、一番大切なものを与えてくれたのだから、与えた方は、誇りに思ってもいいはずのことである」
 といえるだろう。
 つまり、飽きが来るほど、毎日のように食べたり摂取したりするのだから、本当に好きなものでしかありえないということである。
 そんなことまで、父親の手紙には書いてあった。
 そして、その癒しを与えてくれたその女性のおかげで、手紙の最初の部分の、
「まわりから頼られての、神対応を継続することができたのだ」
 と書かれていたのだ。
 そして、その女性との関係が、まわりに悟られているのを感じるようになった。
 父親本人は、そのことを、
「まさか、まわりが知っているなど、想像もしていなかった」
 と書いている。
 要するに、かなり当初の頃からまわりは察していたのだろう。
 ひょっとすると、父親が、
「癒し」
 と感じる、ずっと前からだったのかも知れない。
「知らぬは本人ばかりなり」
 という言葉があるが、まさにその通りだったといえるだろう。
 ただ、
「考えてみれば、その通りかも知れない」
 と感じていた。
 父親は、それくらい鈍感だったのだ。それは、母親や家族にはもちろん分かっていたが、会社の人も分かっていたということだろう。それだけ分かりやすい人だということで、よく言えば、そういう分かりやすい人というのは、まわりから、慕われやすい人だといってもいいかも知れない。
 実際に、崇城も学校で、自分の性格を隠そうとしない人の方が、信用できると思っていたのだ。
 子供の世界でもそうなのだから、大人の世界ともなれば、余計にそうなのだろうと思うのだった。
 手紙の前半は、自分のことばかりを書いていた。自分の性格、そして、その時の苦悩であったり、その苦悩をいかにして、癒しを求めてやってきたかということだった。
 後半になると、少し変わってきた。家族に対しての思いを書いていたのだ。
 母親に対しては、
「きっと、私が苦しんでいるのを知ってくれていて、わざと知らんぷりをしてくれているのではないか?」
 と書かれていた。
 それについて、
「お母さんは、この部分をどう感じたの?」
 と聞くと、
「半分合ってるけど、半分違っている」
 と言って、涙ぐんでいた。
「お父さんが苦しんでいるかのように見えるのは分かっていたわ。でも、何にそんなに苦しんでいるのかというのは分からなかった。まさか、そんな負のスパイラルのような状態に陥っているなんて、想像もしていなかったのよ。あの人の真面目さについて、お母さんはある意味、勘違いをしていたのかも知れないわ」
 というではないか。
 この件に関しては、息子の崇城も似たようなことを思っていた。
「そういう意味では、俺も半分分かっていて、半分分かっていないといってもいいかも知れないな」
 と言った。
「どういうこと?」
 と母親に聞かれて、
「それはね。きっとお母さんには分からない部分だと思う。お母さんは、同じ大人として、パートナーとして見てるでしょう? でも、俺は男として、そして、何と言っても、血の繋がりというものを感じていたと思うんだ。この血の繋がりというのが、お母さんとは違うところかも知れない。お母さんには、ちょっとショックなことかも知れないけど、お父さんには兄弟がたくさんいて、お母さんは一人っ子でしょう? 最初から立場は違っていると思うんだ。何と言っても、血のつながりがないわけだからね。お父さんはそういう意味では血の繋がった兄弟がたくさんいる。ひょっとすると、本当に悩んだり苦しい時に、お母さんに話せないようなことを兄弟には話せたのかも知れないな。だから、血の繋がりというのはよく分かる。お母さんだって、きっと、何かあった時、親のことを思い出したんじゃない?」
 と言った。
 すると母親はおかしなことを言い出した。
「そうなんだけどね。お父さんは兄弟をそんなに信用していなかったようなの。しいていれば、一人だけなんだけどね。憎んでいたようなところがあったの。確かに性格的にはまったく違う人だったんだけどね」
 と、話し始めた。
「その人とは、今もずっと交流があったの?」
 と聞かれて、
「ええ、そうね。本人は交流があるような話をしていたけど、そのあたりもよく分からないわ」
 という。
「じゃあ、今回の葬儀にも来てくれたんだろうな。話ができればよかったな」
 というと、母親は、沈んだ顔になって、
「それが、今回、その人は欠席だったの。仕事が忙しいとか言ってね」
 というではないか。
「仕事が忙しいならしょうがないけど……」
 と言ったが、それ以上のことは余計なことだと思ったのか、何も言わなかった。
 だが、母親の表情を見ているかぎり、
「本当に気が合う兄弟だったのかというのも、疑問な気がするな」
 ということであった。
 お父さんの手紙には、親せきのことは何も書かれていなかった。あくまでも、家族、つまりは、妻と子供のことに対してである。
「ただ、もう一つ気にしているのは、仕事のことのようだ」
 これは、家族に対しての手紙に書かれるようなことではないはずなのに、一体どういうことなのであろうか?
 父は、仕事について、自分の主観を書いているだけで、子供の崇城には分からない、だが、自分でも仕事を持っている母親には響いているのか、ある意味一番真剣に見ているのは、仕事の部分だった。
 仕事をしている時の母親も父親もどんな顔をしているのか分からないが、それぞれ仕事を持っているもの同士、一緒にいなくても、何に悩んでいるのか、何が苦しいのかということは分かるものなのかも知れない。
 父親が、書斎に隠したのは、この手紙を見せたい人物が母親だったからだということだろう。
 だから、絶対に息子が、見るはずのない場所に隠したのだ。
 逆に、その場所を息子が知ることになるのであれば、
「それこそ、あっぱれだというものだ」
 と考えていたのかも知れない。
 息子に対して、舐めていたようで申し訳ないという気持ちになったかも知れないと思えば、
「俺が見つけられなかったのを、悔しがらないといけないことだよな」
 と言っているのと同じであった。
 まんまと父親の策略に引っかかったような気がして、少し癪に障るのだった。
「なかなか、お父さんらしいわね。あなたのことも、よろしくって書いてあるわ。最初から、私が見つけるものだということを見越しての手紙のようね」
 と母親は言った。
作品名:遺書の実効力 作家名:森本晃次