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遺書の実効力

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「いつの間にか、こんなにも、まるで別の文化のようになってしまったようだ」
 と感じるほどになっていた。
 まだ、崇城は、苛めに遭ったり、そのために、引きこもりになったり、不登校になったりすることはなかった。
 昔は引きこもりなどというものもなく、今では不登校と呼んでいる言葉も、昔は、
「登校拒否」
 と呼んでいたものだった。
 そういえば、今の時代は、ニュアンスは少しだけ違うが、似たようなことでも、違う言葉を使うことが多い。
「登校拒否と、不登校」
 などもそうである。
「熱中症と、日射病」
 これは、似たような意味で考えられるが、実際には、別のものだったりする。
「副作用と副反応」
 これは、副反応が、スッポリと、副作用に含まれるものだが、これも、謎の伝染病が全世界で流行した時のワクチン接種の影響で、
「副反応」
 という言葉がクローズアップされてきたのだ。
 それまでは、副反応も含めて、副作用という言葉で片付けられていた。
「ワクチンや予防接種などに限って、副作用のことを、副反応という」
 という理屈である。

                 遺書

 そんなある日のこと、いつもは、ほとんど何も話そうとしない母親が、朝食の用意をキッチンでしながら、崇城に背中を向けたまま、話しかけてきた。
 何かを切りながらなのか、顔は下を向いていて、まるで独り言でも言っているかのように見えた。
「仁志? あのね、昨日お父さんの部屋を、少しだけ掃除していたの」
 とおもむろに話すではないか。
「うん」
 と、それまでのぎこちなさを忘れたかのように、崇城は神妙にそう返事をしたのだったが、
「その時ね。お母さんは、お父さんがいつも読んでいた本があったのを思い出して、そのページを開いてみたのね」
「うん」
 もう少し、ぎこちなさが続くと、本当に親子の会話を戻すには、普通のきっかけくらいでは難しいところまで追い込まれていたかも知れないタイミングだったので、もう少し遅いタイミングだったら、この話も聞くことがなかったかも知れない。
 話の内容が何であれ、神妙に聞かないといけないと感じた崇城だった。
「その本の中に、何か挟んであったの。お母さんは栞か何かじゃないかって思ったんだけど、そこにあったのは、お父さんの遺書のようなものだったのね?」
 という。
「遺書? のようなもの?」
 と、言葉を区切って、それぞれに疑問符を付けた。
「ええ、別に法律的に有効な遺書というわけではなく、お父さんの思いが書かれているものなんじゃないかって思ったのね。だって、お母さんが偶然発見したものなので、絶対に見てもらいたかったものなのかというのも、ハッキリと分からないでしょう?」
「うん、それはそうだな」
「それが、これなの」
 と言って見せてくれた。
 内容は、
「もし、自分が死んだら」
 というようなもので、遺書というものとは、厳密には違うものだ。
 自分が死ぬかどうかということもハッキリと分かっているわけではなく、あくまでも、
「もし、死んでしまったら?」
 という、すべてが仮定のことであり、死んでしまった時のことを考えてというよりも、その時の父親の心情が垣間見れるものだった。
 父は、決して聖人君子ではなかった。そのことをまず書いている。まわりが自分のことを聖人君子のように感じるように、自分から、聖人君子を演じていたという。それは、最初から聖人君子を演じたいから演じていたわけではなく、一度自分でもびっくりするくらいのアドバイスができたことで、その人は悩みから立ち直り、自分のことを、まるで、神様のように崇めてきたというのだ。
 その時の話が、人伝えで広がって、
「崇城さんに相談すれば、神回答が得られる」
 と、いうウワサが、父親の気持ちをよそに広がってしまったのだ。
 もちろん、望んでのことではない。むしろ、迷惑千万きわまりないと思うほどのことだった。
 案の定、いろいろ相談に来る人が増えた。自分なりに、考えてアドバイスをしていたが、それがまたピタリと嵌るのだ、
 そうなってしまうと、もう、逃げることはできなくなっていったのだった。
 ウワサがウワサを呼んで、逃げられなくなったことで、自分の行動も、
「まわりから見られているんだ。模範になるような態度を取らなければ」
 ということで、必死になってまわりを納得させようという、努力をするしか、自分には方法がなかった。
 これは結構苦しいことだった。お父さんには、それ以外の方法が思いつかない。融通が利かないと言えば、それまでなのだが、他にどんな方法があるというのか?
「俺だって苦しいんだ」
 と言って、すべてを投げ出してしまえばいいのか、まったく分からない。
 そんな手紙の内容を見て、父親の苦悩が垣間見えるのだった。
 そして、そのことが、一種のトラウマのようになったという。
 そのトラウマがあるからなのか、お父さんは、その癒しを会社の女の子に求めたという。ただ、父親は断じて、浮気や不倫ではないと念を押しているが、要するに、
「精神的な癒し」
 なのだというのだ。
 その女の子は、父親よりも、20歳も若い、当時は新入社員で、肉体関係にはなかったが、精神的に、上司と部下の関係を超えてしまったのだ。
 もちろん、憧れと癒しを与えてもらえる相手だということの意識だけだった。肉体関係を結んでしまうと、その関係が崩れてしまうという怖さと、自分の正当性を自分で納得できなくなる。
 この時の父親の一番の生きていくうえでの懸念は、
「自分の正当性に、自分が納得できなくなる」
 ということであった。
 だから、父親は、肉体関係を結ぶのを怖いと思ったのだ。
 崇城はその時、まだ童貞だったので、男女の肉体関係がどういうものなのか分からなかった。
 しかし、ついこの間まで思春期で、女性の身体に興味があったり、女性とのセックスが気持ちがいいということ、そして、自分の身体がすでに大人になっているということを考えると、正直、父親の、
「肉体関係のない癒しの感情」
 それが一番いいという感覚が分からなかった。
 むしろ、肉体関係を結ばないというのは、それが不倫だという、罪悪感や、母親や家族に対しての罪の意識。さらには、一度果ててしまった後の、賢者モードなどを考えた時、
「肉体関係を結ぶのは嫌だ」
 ということになるのだと、別の方向から考えることだと思えてならなかったのだ。
 だから、正当性や、自分の納得などと言う言葉が、むしろ、言い訳にしか聞こえてこなかったのだった。
 そんな父親の感情がどういうものだったのか、計り知れない。
 そして、父親がいう、
「癒し」
 という言葉の意味も分からなかった。
 それでも、崇城は考えてみた。
「家に帰れば奥さんがいて、子供がいる。これは、本当であれば、他と比較できないほどの癒しのはずだ」
 とまず考えた。
 しかし、
「それが癒しでないとするならば、癒しを通り越してしまい、気持ちのピークを越えてしまったのだろうか?」
 と思うと、今度は、その癒しというものが、
「飽き」
 というものに繋がっていったのではないかと思えた。
 飽きが来るということは、食事で考えると、
作品名:遺書の実効力 作家名:森本晃次