遺書の実効力
最初は、ゆっくり話していたつもりでも、いつの間にか、男性側の主張と、女性の側の主張とで話が紛糾してきて、考え方がぶつかってしまったことで、言い争いのようになったのを思い出していた。
そんな会社の問題でも、別に仕事のことでなければ、相手が子供であっても、別に話をしてもかまわないというところが、父親にはあった。
子供と言っても、高校生になってからのこと。基本的に義務教育は終わっているのだ。
「分かって当然」
とでも思ったのか、実に面白い父親だと感じた思い出があったのだ。
そんな父親を母親も、面白いという目で見ていたようだ。
「お父さんは、会社に気になる女の子はいなかったの?」
と、母親が、いたずらっぽく聞いた。
「うーん、いたといえばいたけど、いなかったといえばいなかったかな?」
と言われた母親は、
「何よ、それ」
と言って笑った。
「いやいいや、母さんが中途半端な聞き方をするからさ」
「中途半端?」
と今度は、子供の頃の崇城が聞いた。
「ああ、そうだよ。お母さんがね? 会社に好きな女の子がいなかったの? って言いてくれれば、いなかったって即答するんだけど、気になる子って言われると、何とも言えないと思ってね」
と父親はにっこり笑って言った時、まるで、相手をあざ笑うかのように思えたのだろうか?
母親は、それを聞いて、黙っていられなくなった。
「ここで笑って話を済ませようかと思ったんだけど、ちょっと話を蒸し返しちゃおうかな?」
と小悪魔的な笑顔を浮かべた。
もちろん、崇城少年に分かるわけはなかったが、父親はどうやら身構えているようだった。
「好きな子はいなかったけど、気になる子はいたということよね? もし、私と結婚しなかったら、ひょっとすると、その人と、いい仲になっていて、ひょっとすると、今ここにいるのは、その子だったのかも?」
というではないか?
それを聞いて、崇城少年は、
「ええっ? それじゃあ、一歩間違えると僕じゃない子供がいたということ?」
というと、
「何言ってるんだよ? そんなのあくまでも可能性の話じゃないか? 実際に俺は君と結婚して、そして生まれた子供がお前じゃないか? 今がすべてなんだよ。パラレルワールドが存在するかも知れないけど、そんなことを言っていると、誰にだって、別の可能性があるわけで、お母さんは、今別の男のところにいたかも知れない。もし、そうだったとしてだ、どれが悪い? あるいは、どれが正解なのかって、誰が言えるんだ? 今のこの世界では、実際に起こっていることが正解なんだよ。今が幸せだったら、それ以外の何を望むというんだい? お父さんがいて、お母さんがいて、お前がいる。これ以上の何を望むっていうんだい?」
と言うのだった。
父親を聖人君子だと思うようになったのは、確かその頃からだったような気がする。この時の父親の言葉に納得し、それ以降、父親の諭す言い方に対して、何も反論できない自分がいた。
「本当にお父さんって、いつも何かを考えているのか。すぐに答えが出てくるわよね。最初からこちらの質問が分かっているかのような気がするわ」
と母親は言うのだった。
それを聞いて、
「確かにそうかも知れない。お父さんって、話をしていて、こっちが何を考えているのかが分かっているのか、絶対にこっちが起こるようなことは言わないし、だから、いろいろな人がお父さんにアドバイスをしてもらいにくるんだけど、それを思うと、皆、満足して帰っていくもんね。特に、お父さんの親戚のおじさんなんか、皆そうだもんね」
というと、
「それはそうでしょう。兄弟なんだから、よく分かるというものよね」
と言っていた。
お父さんの弟にあたる人が、相談にきて、
「好きになった人がいるんだけど、相手が長女なので、養子に来てほしいというんだけど、それを聞いて、両親に紹介するのが怖くて」
ということだった。
「大丈夫だ。お父さんもお母さんもそんなに分からず屋じゃない。お前は兄弟の中でも、一番両親から可愛がられていたから、それを気にしているんだろうが、そこまで気にしなくていいんだ」
と、アドバイスをした。
ほどなく、おじさんは養子となって婿入りしたということだったが、今では、向こうの家業をしっかりと継いで、2代目社長として、活躍していると聞いている。
そんなおじさんも、葬儀には参列してくれていた。
葬儀自体は、父親の入院中の話として、
「大げさにする必要はない。親族だけで、しめやかにしてくれればいい」
ということだったので、親族だけのものとなったが、それでも、父方の兄弟が、4人だったので、自然と、それなりの人数になった。父も分かってのことだったのだろう。
葬儀も済ませたことで、結局母子二人が残される結果になった。
二人で住むには広すぎると思ったのは、お互いに気を遣ってしまい、何を話していいのか分からずに、距離が離れてしまったのが問題だったのだろう。
母親とすれば、放心状態で、表に出ることもできないくらいに憔悴していて、逆に息子としては、そんな母親の様子を見たくないという思いから、
「あまり家に帰りたくないんだ」
と言っては、友達の家を遊び歩いていたりした。
母親も、咎めることはしない。自分のことで精いっぱいだった。
「もう少し、俺のことも考えてくれたっていいと思うんだけどな」
と言ってはみたが、どうなるものでもない。
しかし、まさか父が死んだだけで、ここまでなるとは思ってもいなかった。それだけ、父親の存在は大きかったということだろう。
友達としては不思議がっていた。
「どうして、家に帰りたくないんだい? お母さんと喧嘩でもしたのかい?」
という。
崇城少年とその友達は、今の時代では珍しく、二人とも、いい家庭に育ったというべきか、反抗期というものもあまりなく過ごしてきた。
引きこもりもしたことはなく、ゲームにのめりこむようなこともなかった。
だが、二人とも子供時代を何もなく育ってきたわけではない。親にも言わず、二人だけで、苦痛に耐えていたことがあった。
二人は小学生の頃からの親友だったのだが、友達は小学四年生の頃に苛めに遭っていた。「家族には知られたくない」
という彼のたっての願いで、崇城少年は、自分の親にも何も言わなかった。
だから、崇城少年が彼を自分の家に連れてきたことはない。絶えず、友達のところに行っていたのだ。
どうやら、自分の家にいて、友達とたいした時、母親に隠し通せる自信がないと、友達は思ったのかも知れない。
今から思えば、友達の考えは当たっていたのではないだろうか? だから、高校生になっても、友達を頼るようになっていたのだ。
小学四年生の時の友達に対するいじめは、自然消滅した。
というのも、ターゲットが別の子供に移っただけで、要するに友達は、
「飽きられた」
のだ。
苛めを飽きてもらえるというのは、実に気楽なもので、放っておいても、被害はなくなるというものだった。
だが、友達の被害がなくなると、崇城少年の心の中にポッカリと穴が開いたような不思議な感覚があった。