二人の中の三すくみ
「借金を少し肩代わりするというほどの関係というのがどういうものなのだろう?」
と思っていた。
借金というのがどれほどの額かは分からないし、その額が松下にとって、どれほどの額なのかということも分からない。
ひょっとすると、松下にとっては、はした金なのかも知れない。
だが、そう思うとまた別の考えが浮かんでくる。
「金をたくさん持っているがゆえに、人から狙われる可能性は高い」
ということだ。
ひょっとすると、白石だけにではなく、他の人にもお金を貸しているかも知れない。そしてその利子が暴利をむさぼっていて、借りている人間が皆恨みを持つようになっていて、容疑者は、限りなく増えるかも知れないとも考えられる。
だが、実際のところは分からない。警察がどれほど捜査が行き届いているか、そこが問題ではあったのだ。
「ちなみに、この松下という男は、どんな男なんですか?」
と聞かれた刑事は、
「そうですね。会社の人に話を聞いてみると、とにかく、困った人を見ると放ってはおけないような人らしいんですよ。優しいというんですか? ただ、その優しさが高じて、人にお金を結構貸していたようですね。彼の部屋を捜索した時、いくつかの借用書のようなものが見つかりましたからね。金額は人によってバラバラで、1万円単位から、数百万に至る人もいたようです。複数回で、何十万単位であれば、そのくらいにはなるでしょうからね」
というのであった。
要するに、警察が言いたかったのは、
「まず、松下という男が、困っている人を見捨てることができない人間だということ。しかし、その中でお金が絡むことがあったということを言っている。優しいということを強調したいのか、それとも、金貸しをしているということで、優しさが微妙だということを言いたいのか?」
ということであろう。
ただ、彼の部屋から借用書が見つかったということは、ただの優しさだけではないと言いたいのだろうか?
しかし、金を貸したのであれば、借用書をしっかり取るのが当たり前で、逆にこのあたりをあやふやにすると、優しさが悪い方へと向いてしまい、自分を巻き込む犯罪に陥りかねない。逆にこの借用書を狙ったとも考えられないこともない。そういう意味では、人と金の貸し借りを行う場合、それなりのリスクも考えないといけないということだろう。
まさか、松下という男、
「困っている人に金を貸せば、恩に着せることができ、何でも相手に要求することができる」
というような、
「弱みを握れば最強だ」
とでもいう考えを持っていたのではないかと警察は言いたいのかも知れない。
だが、確かに殺意を抱くには、金銭問題は重要で、
「金貸しをしていた」
というだけで、十分に殺されるリスクを背負っていたといっても過言ではないだろう。
一つ気になっているのは、金を借りていた白石は、以前、
「お金は返したから、もう大丈夫なんだ」
と言っていたような気がした。
ただ、この白石という男、他に友達はあまりいないということで、不知火と意気投合したのだが、どうも彼には、特殊な性格があるようだった。
というのは、
「君と会う時は、二人きりがいいんだ。他の人がいると、気が散ってしまうし、俺はそんなに起用ではないので、数人で付き合うことができないから、友達ができなかったんだ」
と言っていた。
「だから、自分で会社を作ったんだ。前は会社勤めしていたんだけど、どうにも人と関わることが苦手なんだ」
というではないか。
「だけど、会社経営だって、まわりの人を使わなければいけないので、気を遣うんじゃないかい?」
というと、
「そうじゃないんだ。自分が上になって人を動かすということには、さほど苦痛はないんだよ。同僚であったり、部下というものに対して気を遣うのが、どうしても苦手なんだ」
と、白石はいうのだった。
確かに、そういう人もいるだろう。ただ、普通であれば、上に立つものの方が神経を使うような気がするのだが、元から上に立つ素質のある人間は、少なからずいるだろう。まるで、
「社長になるために生まれてきた」
とでもいうような人は確かにいる。
そういう人のオーラはすぐに分かるもので、きっと、彼に出資しようとする事業家は、結構いたのだろう。
「同じ立場の人間にしか分からない」
という部分を、白石は持っていて、それがゆえに、自分の会社を続けてくることができたのだろう。
彼の会社が潰れたというのは、ブームが去ってしまったということで、確かに、手を出した産業に対しての、
「先見の明に欠けていた」
という意味での、彼の失敗はあるだろうが、それでも、ここまでもったのは、彼の人を使う能力に長けていたからだといえるだろう。
同じ業界の中では、結構粘った方だった。それでも、被害が思ったよりも少なかったのは、企業保険入っていたからで、うまく行かなかった時の保険は、最初からかけていたのだった。
ただ、松下に借りた金は、あくまでも当座の資金が足りなかったというだけで、すぐに返したと聞いて、まったく疑う余地などなかったものだ。
ちなみに、なるみと知り合ったのは、白石がいたからだった。白石は、最初自慢げに、
「この子、かわいいだろう?」
と言って必死になって、不知火に紹介していたのが印書的だった。
ただ、白石がなつみのことをなぜか煩わしそうにしているのは不思議だった。なぜなら、今までの白石であれば、女の子から言い寄られたりなんかすれば、絶対にその子を離そうとはしないはずだし、自分のものだけにしておきたいはずなので、人に紹介するなどありえなかった。
それを思うと、白石が、なるみを紹介することで、不知火に押し付けようとでもしているようにしか見えないことが、とても矛盾していたのだ。
「それだけ、なつみという女の子が何か怖さを秘めているのだろうか?」
と考えたが、そんな雰囲気は感じられない。
むしろ、今まで彼女のいたことのない不知火としては、紹介されたことをいいことに、彼女にしたいという思いが出てきたくらいだった。
「まるで、洗脳されたかのように思える」
と、白石が自分に押し付けようとしていると思っているのに、それでも、なるみのことをどんどん好きになる自分がいることに怖さを感じた不知火だった。
そんな不知火が、まさか、白石と金銭的に関係のあった松下の死体を発見するというのは、本当に偶然で片付けられることなのだろうか?
そもそも、なぜ、松岡の死体があの場所にあったのかというのも、不思議だった。
何と言っても、鑑識の検分による警察の見解では、
「松下が殺されたのは、別の場所の可能性が高い」
というではないか。
確かに、あの場所は空き家になっているので、すぐには死体が発見されない可能性が高かったので、あの場所を遺棄に選ぶのは分からなくもない。だが、本当に死体の発見をもっと遅らせたいという意識があるのならば、もっと他に手段はあったことだろう。
例えば、人がなかなか入り込まない山の中に埋めてしまうとか、方法はいくらでもある。
ということは、
「死体が発見されなければ困るのだが、発見されるまでに一定の時間が掛かる必要があった」